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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 唯一神がいる宗教はなんとなくオソロシイっていうか日本人ワッカンナイヨーって感じが否めないのですが(だって本当になんでもアリだもん…宗教ギャグもまかり通る国だもん…)、そしてちょっとカインとアベルのくだりを読み返す羽目に陥ったがゆえにさっきまで聖書読んでたんですけど、どう解説されてもあそこ納得いかないっていうかいきたくないっていうかそこで反抗つか反骨精神旺盛になってしまうので、私絶対にキリスト教では救われない。それで言うとおとーちゃん…イルーヴァタールは口出し手出し、しないと言えばしないので(いやすでにアイヌリンダレあたりで「なんじゃい!」と思ってるひともいっぱいいると思うけど)、そこまで怖くないかなぁとか思ったりもする。まぁ、理不尽だけどね、おとーちゃん。でも神って理不尽なものだろ?

 昨日は何かノリにノっていましたが、今日も今日とて昨日の続きといいますか、じゃあお貴族さまなフィンゴルフィン家の伝説はどこまで続いたんだろうなぁっと思ってこまめに考えてみたら、マイグリンがすごい可哀想だなぁっていうか、マイグリンの役割的には父方に引きずられてるというか、英雄が英雄たるための生贄というか、そこの立場になってしまったんだなぁとか、そもそも血筋と地位身分的にはもちろん正しくあの家系らしく英雄になることも出来たはずなのに、影に覆われた人生だよなぁとしみじみ思ってしまいました。まぁでも挫折した英雄なんて格好の生贄ですよね…。

 輝ける英雄の系譜はフィンゴルフィン→トゥアゴン→(イドリル&トゥオル)→エアレンディルと繋がっているのだと思うのですよ。これ敢えて言うなら騎士→賢者→勇者って感じですよね(そんな無理やりな)。フィンゴンは別枠で、ですが王権というところでは結局エレイニオンにいくあたり、魔が指したような一時期の設定であってもエレイニオンがフィンゴンの息子である設定はぜひとも捨てたくない、推奨したいなぁとか思うわけです。

 そして更に、人間は英雄たるのがあの世界の基本なわけです。ですからそこが混ざったわけで、もう何?英雄×英雄?そこの道まっしぐらするしか道がないですよ。だからか何か、教授の一番思い入れの強い英雄ってエアレンディルなわけで、ていうか冠詞に英雄ってつけても全く違和感ないあたり何か不思議な強迫観念(何それ)を感じるような気がいたします。でもさ、シルマリルリオンだけじっくり読んでもよくわからないよねエアレンディルって。むしろHoMEか、やっぱりそうなのか…。

 ノルドから話は逸れますが、だって、ちゃんとベレンとルシアンのくだり読んで、英雄はダレだ?って聞いたらほぼ間違いなく皆答えるでしょう?「ルシアン!」って(笑)。でも後世的にはちゃんとベレンは英雄であるんですよ、なんなんですかこの人間は英雄である概念。そんなんがあるとしか思えないですよ。トゥオルはトゥオルでウルトラCなお方のようだし…。ちくしょーそのへんは何でもアリか!?アリなのか!?オプション付いてない上に庶民なフェアノール家をどうしてくれる!(笑)

 フィナルフィン家が目立たない(?)のは、フィンロドは別枠として、あの家の存在意義はガラドリエルが残り続けて、そして去るという一連の流れを背負う(見るひとである)ことにある気がしますよ。なんか色々、色々なイメージのあるガラドリエルですが、あのひとの真価を云々考えてみますと、そもそもの始まり、宝玉戦争から指輪戦争までを全部その目で見て、そして去ることを決めることにあるわけじゃないですか。宝玉戦争の結果の血筋の体現者として伝承と見ることを背負っているのがエルロンドとしたら(ついでにあの子は半エルフだ)、上のエルフ(アマンから来た)として始まりから終わりまでを見届けて、去っていくという選択をするのがガラドリエルでしょう。(……そーすっと多分、スランドゥイルとかは中つ国に生まれて中つ国に残り続けるというのがやっぱりスジな気がしてならない…)フィナルフィン家の最大特徴といったら、フィナルフィン家と称するのに当の本人、フィナルフィンが不在ってところだと思うんですよ。まぁそこでフィナルフィンが「アマン」を取っちゃったからフィンゴルフィン家はよりいっそうお貴族さまの英雄道を突っ走る羽目になった感じもありますけど。フィナルフィン家は「ひとつところから全体を見る」傍観者的役割が基本なんだと思うんですよね。傍観者が手を出すと死ぬんですよ。だからフィンロドは王冠を投げ捨てたところで、オロドレスはトゥーリンの進言を容れたことで、死にフラグ立ったんだと思うですよ?(何が言いたいんですか)

 かなりどうしようもないけど共感はできるかもしれなくて「ああぅう」って感じで見ちゃうのがフェアノール家。輝かしい英雄道を突っ走るのがフィンゴルフィン家。傍観者の立場を崩すと大変なことになるのがフィナルフィン家。んな感じ

 フィンゴルフィン系列のしっぽのところになる、エアレンディルが王道の輝かしい英雄の道をとったなら、マイグリンは挫折した英雄として生贄となり、エレイニオンは悲劇の英雄道をとっちゃうわけですね。そしてエルロンドは関わっても死なない傍観者の道を歩むと。

 ところで昨日から英雄英雄言ってますけどねぇ…。私にとって究極の英雄、英雄道とはかくあるべし、なのはアン○ンマンなんですよ。ていうかヤツのマーチね。歌詞がすごいですからね。英雄とはかくあるべしなのですよあのマーチ。大好きですともよく歌いますとも。たまに泣きたくなりますとも。特にあそこですよ「時ははやく過ぎる 光る星は消える だから君はいくんだほほえんで」時ははやく過ぎて光る星も消えるからヤツは微笑んでいかにゃあならんのですよ!?英雄ってやつは、どうしてそうまで孤高に孤独なんだよぉおおおう…。
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