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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 前に書いたものって読み返すと印象が大分違うことってありますよね。ドツボです。うわぁああチクショウ今さら気づかなくても良いところに気づいてしまったっ…。

 つまりそれは結局「身内」もしくは「家族」であることが愛情にどの程度影響するかというそこで、全くうちのお知恵さんは本当にムカつくくらい酷い思考回路だ。なぜそうなる。

 身内でなければ愛せない相手、というものを私は滅多に書かないのだけれど、それと言うのも本人ありきで、その後その人物が自分(そのキャラ)にとってどういう位置づけでどういう現象を引き起こす相手なのか、という思考回路だから。とかく今回に至ってはフィンウェさんの思考回路がちょっと普段と違って特殊事情なために面倒なことになってるのだけれど、つくづく、フェアノールって、不憫だ…。可哀想だよあの子…。

 身内というとまたニュアンスが違うのかな。身内には心持ちひとつでなれますもんね。家族、これもちっと違う…。やはりそれは血の繋がり、になってしまうのかな。それもさらに何か違うような。つまりは成長過程を見ていた相手である、という所が重要なんだなぁと思ったり。

 それはフィンウェさんとミーリエルでも同じことなのですが。ろめの場合、あのふたりは湖で自分の両親が健在な時に出会ってないと無理なふたりです。

 ある意味ジレンマ。身近すぎる身内であるから愛してる、身近すぎる身内であるから恋愛対象にならない。でも身内でなかったら絶対に愛せない。

 相反するものが常にワンセット、というのがフィンウェさんの基本ですが、ことフェアノールに対しての本音部分は特にそれが顕著な気がする。「私が死ねって言ったらあの子、本当に死ぬじゃないか。それが嬉しくてそれが嫌だ」っていう感じね。またそれは世界のジレンマでもあり。
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