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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 今日授業中に「愛ってなんだろう」とか呟いてみたら、友人ふたりがよってたかって(おい)私のフィンウェさんへの観点というものを分析してくれました。

 ~お悩み相談・あのひとへのこの想い、何て言えばいいの?編~(他編はありません(爆))友人1を「せ」、友人2を「さ」、私を「ゆ」と略しております。

ゆ「好き…?愛って…何だろう…」
せ「わかっちゃ愛じゃないんだよきっと」
ゆ「“萌え”?……もなんかちがう気が…」
せ「萌えも違うと思う」
ゆ「じゃ何よ…困るだろ?」
せ「うん。はてしなく」
ゆ「好き…なんだとは思いつつ、すっげ――ムカつくの」
せ「小学生男子の好きな子はついいじめちゃうみたいな?」
ゆ「いじめるいじめないっていうより自業自得だしあのひと」
せ「新たな境地だな」
ゆ「なんというか、考え続けてるってことは好きなのかもしれないが、なにゆえ私がのひとの事でこうも悩み続けなければならんのかと思いつつ、つい考えちゃってる私がいてそこがムカつくっていうか、別にやめてもいいんだけど脳内に降ってくるから仕方ないっていうか、でも私の最愛は別のひとなんだ――!!っていくら主張しても最早、周囲の認識はヤツ専門家になりつつあると…悔しい…!」
さ「ドゥフフ…嫌いな所を10個以上あげても好き、でもどこが好きなのかわからない……それは愛だね」
せ「認めたくない~♪ってかんじ?(笑)」
ゆ「認……めるのがなんかムカつく」
せ「愛じゃなくて首ったけってジャンルで」
ゆ「だってあのひと好きとか言えねーよ!恥だよ!!」
せ「結論・新境地「くびったけ」ってことで」
ゆ「堂々と言えないです!「あんなひと好きですいません(全世界に土下座)」」
さ「そこらへんが「ゾッコンLOVE」じゃねぇかーっ!!このおノロケちゃんがっ!!!」
ゆ「の、のろけ!?(ぎゃあ!)」
せ「2対1でうちらの勝ちってことで、諦めなv」
ゆ「諦めきれないよーやだよーあのひとやだよー(ぐだぐだ)」
せ「人妻だからでしょ」
ゆ「え?「人妻好きになっちゃったどうしよう」?」
せ「だってさー好きと認めちゃったらうしろめたいどころじゃないだろ?」
ゆ「全世界にすいませんだって…」
せ「その感じじゃん「不倫系」」
ゆ「でも同時に「好きだコンチクショウ、あーむかつく」もあるんですけど…」
せ「だからー、自分の妻も好きだけどアイツも忘れらんねーんだバカーって感じじゃん」
ゆ「自分の妻=本命・最愛?」
せ「そう。だって本妻と愛人が「どっちが好きなの?」って聞いてきたら困るだろめっさ」
ゆ「(考えてみた)うん、リアルに困る。選べん」

 つまりスランドゥイル=本妻、フィンウェさん=愛人(しかも人妻)なわけか…?む、すると。

ゆ「ってことはまた別方向で好きなあのへんとかそのへんは「娘」か!?」
せ「娘っていうか子どもか子孫って感じ?(うふふ)」
ゆ「ああ、こんなところまで三世代癖が…」
せ「はーっはっはっは、あきらめるがいいさ」
ゆ「ぎゃふん」
せ「ふふん」
ゆ「そうか、私は自分を中心にすえた家系図・家族関係的にキャラクターを振り分ければ…好みっていうか観点発覚!?」
せ「するねー。曖昧な境界線も多数になること必至だけど」
ゆ「死んだ」
せ「死ぬなーっっ(あせり)」
ゆ「……でも確かに本妻のこども系統「かわいい」と愛人のこども系統「あーまったくかわいい」が区別できる…(愕然)」
せ「なんか色々すっきりしたみたいね」

 というわけで考えてみますと、
本妻系統・概ねストレートに好きvって言える。
愛人系統・何かうしろめたさを感じる。好きだけど…
親系統・尊敬な好きと頼りたい…!
兄弟系統・好き、だが一癖あるな…
友人系統・何かと大好きv

 つまり本妻たるスランドゥイルには「純粋に好きvLOVEvときどき崇めすぎて妄想ストップ(爆)」だし、愛人たるフィンウェさんには「好き…なんだが何か認めたくないような認めたら負けなような好きだコンチクショウ考えも尽きんわー!!」で、悪友なマンウェには「あ…?そっちいくの…?好きだねぇ…。そんなとこが好きだよ。あーはい仕方ないなぁ私も付き合うよ」で、本妻の子のフィンゴンには「かわいいv好きvよしよし(なでなで)」で、愛人の子のマエズロスには「あーまったくかわいいなぁ、あっはっは」で、親友のフィナルフィンには「君は私の安らぎだ!オアシス!」で、母上なマハタンには「いつも甘えてごめん…大好きです…」で父上なキアダンには「どうしたらいいか相談していいよね?」で、兄上のイルモは「……どーして君はこんなに使い勝手がいいんだ」で弟殿のトゥアゴンは「役に立つやら立たないやら…台風?」で姉上のエアルウェンは「お慕いしております♪」で妹殿のアナイレは「助かる、し、かわいい、が……負ける」なわけだ。今ざざっと分類してみましたが、勿論これは感覚の問題であって、本気でこんな家族だったら泣いて逃げます。カテゴリ二股かけるひともいますし…。

 私、シルマリルの登場人物から両親選べって言われたら、お父ちゃんにキアダン、お母ちゃんにマハタンって選ぶと思います(なんだいきなり)。んで、そのお父ちゃんお母ちゃんをまとめるとイメージ台詞は「Come home to me now.」になる。忘れそうなのでメモっておきましょう(イメージ台詞忘れるってあんた;)。

 というわけで愛人には「くびったけ」です(爆)。本妻にはきっと「愛」だと思われます(笑)。
 「不滅の棘」というタイトルでフィンウェさんのフィンウェさんによるフィンウェさんのためのフィンウェさん話を書きたくて仕方ありません。いやー、タイトルに著作権がなくって良かった(おい)。「不滅の棘」は宝塚にてカレル・チャペックの「ヴィエッツ・マクロプロス」を上演した時のタイトルです。面白いですよ、原作戯曲の「マクロプロス事件」。最近の関心事がエルフで、彼ら寿命がありませんからなんというか考えるには微妙な問題ですが、「もし人間が300年の不老を手に入れることができたなら、どうするか」という問題を取り扱った…解釈は多々あれど本来は…喜劇、です。別に悲劇でもいいけどさ。私はこの戯曲を、叶うならば手塚治虫の漫画で読んでみたかった。いやこれは繰言ですが。

 今日は昨日に微妙に引き続き、「ファザコンエルフはいかにしてファザコンになったかについての父上の罪」について考えておりました。ええ、悪いのは父上です。

 ノルドールって愛されないと生きていけないんだと思いました。対してヴァンヤールとテレリは愛さないと生きていけないんだなぁとか。ま、それは逆に愛したいと愛されたいの欲求の裏返しではあるんですが。しかもノルドは、本当だったら「好きなひとに愛される一番」でありたいのです。一番じゃなかったらないのと同じ、くらい短絡的突撃的な思考であるように思われます。特にフェアノールね…。フェアノールに関しては、大半「フィンウェさんが悪い!」で私の中では片付いてるんですけど、じゃあ一体どんなふうにフィンウェさんが悪いかというと、いやそれはそれで仕方なかったんじゃない?と弁護の方向に向かうというか。ああ愛がねじくれている。

 だってあのひと、ずるいんですよ。愛されてる相手しか愛してなかったんですよ。いつだって思いっきり愛されてて、愛されてるのをわかってて愛してる。それはもうすっごい小ちゃい時からの当たり前のことで、しかも多情薄情な性質で「一番に愛する」がわからないものだから、「愛を失う恐怖」「愛が減る恐怖」というものをさっぱりわかってない。だからいかに「一番に愛して」って言われても意味がわからない。なんか欠けてます。

 ミーリエルは自覚ないけど「愛される一番」にほとんど近い「永遠」な位置を占めてるんです。インディスはそれをわかっていて、でも「世界で一番愛する一番」になれると思った。心意気ではフェアノールにだって勝ちます、インディスは。ていうか実際世界で一番フィンウェさんを愛してるのはインディスだと思うよ。あれやこれやの悩みもないし、ヴァンヤだから定めたひとりに注ぐ愛はものすごいのです。

 さてフィンウェさんの愛というのは多情薄情なうえに取り扱い危険物です。だって「一番に愛する」ことがわかんないひとが、無自覚に90パーセントくらいの愛情をどかーんと注いでるとしますよ、たったひとりに。そのひとりからしてみれば、最初に受け取った愛情の量がそんなな以上、多情薄情性質が表れて、愛の対象がどんどん拡大するにつれ、減ったとか移ったとか思うのは最早仕方ないことではないかと思います。全員にまんべんなく多情薄情なら、単なる博愛主義で終われるというのに、フィンウェさんたら生涯でふたりには恐ろしく愛を振り向けてた時期がありますね。ミーリエルとフェアノールに。愛情の分量なんかに無自覚で「順位なんてつけられない」とかほざく方なのです、無意識です。仕方ないが辛いところ。

 特になんというか運が悪いのはフェアノールであって。ミーリエルはまだ「愛されてるから愛し返した」段階だったから、そしてついでにミーリエルが実にノルドらしいノルドなわりにめちゃくちゃ冷静にエゴを通してくれたので、どうにかなってるわけです。お互い辛いんですが、逃げ続けることで永遠になったわけです(何を言いたいんだか混乱してきました)。で、運が悪いのはフェアノールです。超危険物フィンウェさんの愛を、生まれた瞬間から、いやむしろ生まれる前からイヤというほど浴びてしまったことがハッキリ言えばもう不運ですよ。不幸ですよ。だって唯一「愛される前に愛した」わけですよ。逃げたいような逃げられないけど逃げたくないっていうか、父であり母であり世界すべてから、離れたいけど離れたら生きていけない。

 多情薄情相手に「愛される一番」であり続けるのはめっちゃくちゃ消耗しますね。恐怖ですね。今日はまだ愛されてたけど明日はダメかもしれないですね。厄介ですね。それを気にしないくらい豪胆ならいいんですけど、あいにくやたらと神経繊細で過敏な氏族なわけです、ノルドール。傷だらけ。

 そんなこと考えながら今日もぐだぐだと過ぎました。レポート…めぇえ…(君はヤギか)。ところで、こどもって、親の足りない性質や思いつかないビックリこんなやり方あったのか、を気づかせるために生まれてくるそうですよ?……いや、正しく造形できてるようなダメなような。
 帰りに通りかかった八百屋でてんこもりになって売られている苺を眺めて、ああホットケーキが食べたいなぁ家帰ったら作ろうかなぁ確かミックスあったよなーとか考えながら帰ってきましたならば、母上がホットケーキを焼いてました。なんだそれ。しかも生クリームと苺も用意されてました。なんだなんだなんなんだ。なんか電波飛ばしただろうか…。

 というわけで件のホットケーキはたいへん美味でございました。お店で買ったよう☆(言いすぎ)

 レポートをそろそろ本気でやらなくては間に合わないというのに何たることか、今日さらに1本追加されました。泣いていいか…。でもノートも手に入れたし(聞いててもノート取っててもわからない授業って、どうしたらいいんだ…)がんばりましょ。

 しかし今日考えていたことと言えばフィンウェさんでした。もう分かった日常茶飯事だ、仕方ない。考えつくしてやろーじゃないの(気合入れ)。んで今日は奴の性生活について(というと何か変な感じ…)。より正確に言うならば、私の中でずーっとフィンウェさんとフェアノールの関係というものは雰囲気は重傷だが成立せず、しかし今日帰り道で自転車こいでたらふとぽんと成立し(え?)…さてでは成立しなかったとしたら理由は何か、また今日ふいに成立してくれたわけだが理由は何かというところを考えたい、ていうか考えちゃったというところであります。

 結論から申しますと。フェアノール/フィンウェというのは見事にフィンウェ/ミーリエルをなぞっているのか成程、と。それはきっと私の中でフィンウェさんがミーリエルになりたかったひとだからなのが原因なのです。あのひとはミーリエルに去られて余計にミーリエルになりたがりましたが、その意味は自分でも気づいていなかったわけです。恐れを知らないからな、色んな意味で…。成立した理由はまだ何か謎なんですが(きっかけは何だ、ていうかどこだ…?)成立してしまったならばフィンウェさんはやっとこさ恐怖するわけです。しかしそれが息子とのことそのものではあるけれどそうではなく、なぜミーリエルが去ったのか、そこに気づいて心底恐怖すると思う。わー、めんどくさい。

 それからどうするかが問題なわけですけども、うーん、ここまで混乱してるフィンウェさんというものは初めて見るかも。ちょっと笑えてきた(笑うな)。まあ普通大混乱ですわな。いくらあのひとでも。いくら…っていうのはフィンウェさんは基本的に随分性についてサバけた方で(そりゃ祖父がバイだしな)(また言ってる)、かつ近親がいけないってのは身をもって(ちょっと違う)良く知っているわけだけど、ああつまりこども出来なきゃいいんじゃない?まあ…人生長いし。という軽く妙な考え方ですから、別に孫が孫同士で深い関係になっていようが、息子同士でもあれやこれややっていようが、いっこう気にしません(爆)。自分に関係ない(いや関係はあるよ…?)。関係ないっていうか、そうなりかけてもなンか勝てる気がしてたわけですよ。いや、いやいや、平気でしょ。と。平気じゃなかったからうろたえてるわけです。おお、わかりやすい。

 からかって遊んではいけません。そんなこと分かってたはずなのに、なんだってこの方はそういうこと、しちゃったんでしょう。やっぱり疲れてたのか。疲れてヤケになるとすっごいアホなことしますね。そのノリで。

 っていうか私の思考自体がぐーるぐーるぐるるんしてて分かりにくいことになってますが、脳内に全く突拍子もない組み合わせでネタが降って来るのでこれはもう仕方ないのであります。レポートを書きたくないのであります、上官どの。メルシ!(ああ混ざってる・何もかもが)
 つまり、大会戦本として頭の中に浮かんでいるのは年代記なわけだ。ある年代もしくは事件を切り取ったなら、そこにいる人々のアレコレが書ける。一方、どっちかっていうといつもの創作姿勢は人物伝なわけだ。ある特定のひとりもしくはそのひとりと誰かさんのふたり以上の関係を追いかける。関係を追いかけると当然のように生い立ちと死を書くはめになる。うん、……どっちもスキだけど突き詰めると人物伝な方なのかなぁ。まぁ大体が二次創作って人物伝の方が多いと思うけど。

 ところで今日はフィンゴルフィン/フェアノールを書いていたはずなのに何を踏み誤ったのか途中でいきなりフェアノール/フィンウェが混じりました。…フィンウェ/フェアノールって言ってもいいかもしれない(爆)なんじゃこりゃあ…。というか、そしてつくづくとフェアノールが不憫になる。気づいてないかと思ってたんだけど、ちゃんと分かってるんだね、あのひとの本性。なのにそこまで好きか…。ううむ…。気づいているのに抜けられない。これぞ恋(おい)。

 そして我ながら何とも厄介なひとを好きになり更に厄介な性格づけをしてしまった気がしっかりばっちりひしひしと。好きだよフィンウェさん。でもあんたなんか大ッ嫌いだー!すげぇ明確に出来てますけど、書こうとすると、めまうわ膨大だわ上手く伝えるにはもう生半可にはできないー!…と。一番欲しいものだけ手に入らなかったり、望みと逆方向にばっかり突っ走ったり、なんとも可哀想ですが可哀想だとは死んでも思われたくないらしい。なんたる偽悪者。

 ………ところでたった今、家の目の前に消防車やら赤い救急車やらなにやらかにやら、そして消防隊の方々がぞろぞろと駆けつけてくださいましたが何も起きていなかったようで撤収。彼らはこの冬の間に何度こういった誤報に走ったんだろう。こうして駆けて来てくれることに本当に安心するのだけれども。そしてこの気持ち、言語化ができないんだがこの気持ち。授業で懇切丁寧に言われるたびに「だからそれを追い求めるのがブンゲイでそんなのわかってるよ実践してるよ遠く及ばないけど」って怒ってたことを、あのセンセイは一生気づくまい。ふん。
 もしくは父性と母性の問題。というか、クウェンディはなぜエルをイルーヴァタールって名づけたか、というところ?…というか、あの世界には母性が欠けていると思うのです。…それは言いすぎか。母性は全員に分配されすぎてナチュラルに存在しすぎていると思うのです。あれこれ当たり前か?

 というのも最初はゆりかごでした。ゆりかご(及びその中にいるであろうちいさなひと)を近くで見守り世話して慈しむのが「母」とするならば、「父」の役割はそのゆりかごとゆりかごの近くにいるひとを含む世界、もしくは場を守る、整えること。これのイメージはマザー・グースの歌からでしたが、概ね当たっているのじゃないかと思ってます。距離かな。日本語的に言うと距離は敬意と結びつくのでなるほど母よりも父の方が「尊敬」という言葉は似合うのか、などと思ったり思わなかったり。ゆりかごの前としても母はとても近い存在なわけです。すべてその胎内にて育まれこの世に出てくるという、その役割において。

 さてではおとーちゃん、イルーヴァタールはなんでおとーちゃんなのか、と思ったのが次のきっかけ。エルはクウェンディに「イルーヴァタール」イルーヴェなアタールという認識なわけですが、ちと待て普通は創世神って「母」じゃないのかと引っかかったのです。だってさぁ、役割的には「母」じゃん?こども生んでさー皆で「世界」をつくりますよー、って、言ってないけどやらせてる(笑)。おかーちゃんですよ。でもおかーちゃんじゃないんですよ。とりあえず、話を聞いたクウェンディは「おとーちゃん」判断したんですよ。

 じゃあクウェンディ的「おかーちゃん」は誰やねんと。候補としてはアイヌアしかいないんですけど(おい)。しっかし待て、役割的にはアイヌアさえ「父」なのです。…父っていうよりむしろ「祖母」くらいな(「母」の「母」としての「祖母」)。なんでかって、イルーヴァタールが「父」としてアイヌアを「母」におきますと、「子」は「イルーヴァタールの子ら」ではなくむしろ「アルダ」であるべきなんですね。で、そのアルダを「母」とする「子」が「イルーヴァタールの子ら」。あれ?何を言いたいのか良くわからなくなってしまった。ああだからイルーヴァタールは「父」なのかと納得いったんですけど…今書いてみたら「で?」って気分になってしまった。なんてこった。

 そうそう、で、「アルダ」が「母」であって、つまりアルダは世界だから、世界の構成要素すべてにすこーしずつ「母」が含まれているのだろうな、と。「父」はひとつの存在として世界の圏外にあるのだけれど、「母」はあまりに身近にありすぎる。そうか、「母」が欠けているというよりも「母」たるひとつの存在がない、と言うべきかな。……だからなのか、あの世界にいるひとびとは皆、確固たる「母」を持たないこどもたちであるような気がします。つながりのある相手にあちこち分散されて「母」を見ている。ゆりかごの中にいるのだと思うのです。

 でもそのゆりかごの外には「母」だけじゃなくて「父」がいることをしっかり認識しないとゆりかごからは出られないかな、とか考えて、…うーん、微妙に創作基本姿勢なんだろうか…。なんというかな、父なるものだけでも母なるものだけでも世界は成り立たなくて、でも母なるものばかりを追い求めていて、父なるものの存在は忘れている、その状態が基本で、父なるものの存在を認識した時に世界は変わるんだけれども、その世界はずいぶんと痛みを伴っているわけでそれにもめげず踏み出すのが結局は幸せというか…んーと、素晴らしい世界へようこそ?

 更に発展させれば、「母なるもの」は自分の内側に最初から持っているけど、「父なるもの」は外側から獲得するしかない、ってところに行き着きます…かねぇ…。ほら人間って、受精したての時は全員おんなのこだしさ…。

 ところで近頃ツンデレ定義に悩んでいるという話を今日久しぶりに地元図書館のイベントに行って話してみたらツンデレと組み合わさるべき属性として金髪・ツリ目・ツインテール・お嬢・ハーフだよんと言われたのですが、………ハーフ以外のすべての条件を満たしてるウチのヴァンヤの伶人代表さんは果たしてツンデレか否か。そりゃイングウェにもルーミルにもツンツンすること限りなしですけど。しかもそれが愛ですけど。……ツンデレなのか(しょっく)。いやしょっくっていうかそうかこれなのか…?と悩みつつ、うーんだがそんなこと言ったらこのタイプの性格は石投げりゃ当たるほどいっくらでも出てくるっていうか、つまりウチのりある家族は全員ツンデレではないかという罠が…。だって皮肉のオブラートに包まれた言葉が飛び交う家ですもん…。


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