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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 ろーそくたててお祝いだ~♪

 ってわけではありませんが(爆)(かれこれ2月ちょっとお祝いはしてるわけで)(まだ終わってないわけで)(ぎゃー)lomendil一周年でございます。おめでとうございます。ありがとうございます。ふふふー。

 しかし、当初の予定を省みるに、大変です。メルリンダレ終わってません(爆)(1年くらいで終わるかなぁって思ってたんだ…!)。なんてこったぃ…!終わってないと言えば、お題は完全に止まってます。これは自分で良く分かってます。最愛キャラが書きたいキャラじゃないこの不思議。うう~む。理想が高いゆえの現象でしょうか、これは…。

 日常で何かと踏んだり蹴ったり(遅刻するからって予定をやめて定期圏外から帰って来たら休講だったり(爆))ですが、旦那(※我が最愛にして初恋の元タカラジェンヌ和央ようか氏のこと)のコンサート(1月のアレ)のDVDが来たのであっという間に元気になりました。現金なヤツです。だって好きなんだ!なんとも、超効き目の良い栄養剤なのです。

 しかしアレです何というか3ヶ月ぶりにみた旦那のおなか(そして肋骨)はやっぱりするぺたで性別を超越してました…。イヴのはずなのにアダムの肋骨ではないかねそりゃあ…。なんだアレなんだアレなんだアレ…。性別を超越してるんですけど強いていうなら男の子、…少年というよりは男の子…。猫のよーな犬のよーな…。うん、好きなんだよ。好きなんだよなぁあああっ…。欠点の方が数多くあげられるけどそれでも大好きなんだよ!キャーとか叫べるんだよ!近くに寄られると硬直しちゃうんだよ!!

 ノルドールのふつーのひとと王族との関係ってそういう所あると思います。っていうかノルドに限らず、クウェンディって自分とこの王さま超スキだよね。アイドルだよね。群集の前で手でも振ろうもんなら物凄い歓声が巻き起こるんだよねそうだよね…!っつーか見たいんですけど歓呼の声に応えるフィンウェさーーーーん!!(そこで素直にヤツが出るあたりもう分かってる。ぞっこんなんだって)

 そういえば、書店に行って、教科書が置いてなかった腹いせになぜか洋書の方までふらふら歩いて、うっかり1冊手にとって、買っちゃったんですけどね。シルマリルリオン。いやそれ買ってる場合か君はHoMEを買うべきだろうという囁きが聞こえた気もしたんですが、きっちり綴られた数々の名前を見るだけでムダに心ときめいたので良しとします。で、手にとって私が最初に何したかお分かりですか?そりゃもう台詞チェックをしたんですけどね、……うん、英語で読んだら意味がわからなくないけどなんかすっごいアレだった(ドレだ)。ヤツめ!たった2コの台詞がそんな!(2コあるだけマシじゃないかい)

 ちなみにぺらりぺらりと拾い読みしてって一番ずっきゅんと来たのはマイグリンでした。イメージが余計にかわいくなったかもしれん。

 明日は早いのでとっとと寝るとします。えーとえーと、何時の電車に乗れば良いんだ…?
 なにゆえフィナルフィンとマエズロスが幼なじみでああいう関係で、2人とも○○が似合うんだけど似合わないかの謎がとけました。………うんアレですね、やっぱり12、3年見続けてるってのはかなり深層意識にすりこまれているというか、思考嗜好に関係してきますね。……うぁああああチクショウ…。や、良いんですけど。良いんですけどね。

 教育実習の打ち合わせに行ってきました(にぱ)。2年生の古文と漢文になりました。覚悟しとけ2年生!普通の授業だから(爆)。普通ですよ普通!だって伊勢物語のアレと伯楽は常にはあらずでどこに脱線しろと言うのさ!…時と場合によっては脱線するかもしれませんが(笑)。

 で、教科書買わなきゃならんのに大きい書店じゃないと教科書置いてないこの悲しさ。ああ、いつ買いに行こう。定期もさ~、1週間前じゃないと発売してくれないだなんて、ケチですよね。別になくさないし使わないから発行してくれればいいのに…。

 で、へろへろ~~と帰ってきてから、久々に色鉛筆を出してぺたぺた塗り塗りとやってみました。綺麗だよ。エアレンディルの紋章…。なんかす~ごく綺麗なんですよね。色味が。ああ良いなぁ~。……あー、私エアレンディルを考えるといつも「僕は僕の好きなものが好きなものが好きだ~♪」とか頭の中に回り始めるんですが、思い出しました。ヤツはトゥオルの息子だ(はい?)。……回るわけだ(そこの関連性は何さ)。

 さてさて、何かと悩みは尽きないのではありますが元気にならなくてはいかんですな。頭を切り替えるんだ!(君は切り替えすぎだから)

先日父に聞かされてめっちゃくちゃ気になったCDがありまして、……なんて言うんだこのジャンル。クラシック…なんだよ、な。アルヴォ・ペルト氏なんですが(あ、wikiで出た)。えーと、彼の、「Arbos」。なんかすっごいヴァラしてる、っていうかアイヌアの音楽で私がイメージしたものにかなり近い。CD全体としてもそうなんですが、この1&7曲めのArbos《樹》がほんとにもう…。父上の巣のオーディオがめちゃめちゃ性能良いせいもありますが、魂に響く音であります。…で、うっかり大会戦のテーマになりそうな勢い。私の部屋のしょぼいオーディオで聞いてもそれなりに感じるところありまして…(父の部屋からかっぱらってきてみた)。

 で、その中の1曲の「何年もまえのことだった」が物凄く私の中でメリアンソングになってまして。原詩はクレーメンス・ブレンターノの叙情詩で、紡ぎ女の歌なんだそうですが。ドイツ語なんで暇みてまた勝手訳でも作ってみようかと思います。う~ん、メリアン。

 で、これ聞いてたらまたやっぱり聖書聖書聖書ぉおお、という気持ちがふつふつと。「時の終わり」とかもですね、その概念ってやっぱ日本にはないものだなぁと感じ入るわけですけれども。旧約はともかく、新約と、さらに進んで預言のとことか黙示録とか、そのへん読もうかなぁ…。物語性が薄れてきて概念的になってくところ。
 なんだろう、改めてフィンウェさんの再婚あたり語ってみたら、どこからどう見てもフィンウェさんが極悪人以外の何者でもない。なんであんなヤツ好きなんですか、フェアノール?(フェアノールに聞く前に自分の胸に手を当ててよ~くよ~~く考えた方が良いのではないですか)

 そういえばメルリンダレもちょうどそこらへんです。イングウェが珍しくウチの子につんけんしてます。でもウチの子負けてません。そらそうだ。負けちゃいられませんわな。

 ごくあくにんと言えばいつも思い出すのは「世界すべてを敵に回す」ような極悪人でございますが、そんな極悪人を愛せるのかという問題。普通に考えたらイヤですそんな極悪人。全世界を敵に回したひとが彼氏だったら速攻私も敵に回ります。味方するとかキッツイよほんとムリだよ!(そんな身も蓋もない)

 フィンウェさんにも物凄く反映されてますけど。そういう状況で全世界を敵に回しきらない極悪人が好きなのです。敵もいるかもしれんが、概ね味方につけてしまう極悪人。うわーそれって最早あくにんではないのかもしれない。

 しかし極めて頂点にたつひとがどんどん孤独になっていくのは何故なのだろう。英雄といい、王といい、天才といい、……愛と勇気だけが友達でしょうか。あの歌は英雄の歌としてまさに正しく、すっごい好きですが泣けてきます。なんて孤高なんだろうか、ヤツ。

 論旨が意味不明なあたりで本日は終了。
 主体や主語の重んじられる西洋言語は契約社会から生まれる、やらキリスト教に代表される一神教の特性とかあれやこれや授業で聞いたことから発展させてお喋り(論議というにはあまりに結論がほど遠い)(というよりもそうやって考えて喋る過程が大事なのですよ。結論より)していったら約束ってなんだろうというところまで流れる。

 ろめのフィンウェさんの約束概念は実は物凄く日本人の発想なのかもしれない。

 や、性格つけしてる私が日本人なんだから当たり前っちゃ当たり前なのかもしれませんがしかし、JK姉が教会のミサに行って「ううん何か気持ちが悪くなっちゃった」と言って帰って来たあの感覚ですか、どうも一神教の概念が染み付かないというか、狩猟民族でなくて農耕民族(もしくはせいぜい漁業民族(そんなんあるんかいな))の気持ち?

 約束は、果たさなくてもいい。

 守らなくてもいいんです。守った方がそりゃ良いけど、守れなかったとしても「君が守れなかったか仕方ないよね」と許してもらえる根回しが出来ていれば。

 狩猟民族と農耕民族(または漁業)について私ちょいと前に「自然に対する待ち」の概念だと決着つけてた気がするんですが、それを「自然に対する畏怖による待ち」というのに置き換えてみる、と。狩猟は嵐が来ようが獲物のために飛び込んでいくわけです。自然の恐ろしさは分かっていてもそれを力でねじ伏せる。身を守るため、生き延びるために「戦う」という「契約」をする。そういうことだとします。すると農耕というのは「お邪魔します」という「約束」をする。そんな感じの概念じゃないでしょうか(なんか論旨がヘンだな~)。

 私が日本的だなぁと感じるのは「契約」ではなく「約束」なわけです。契約は(それとも「誓言」は)果たさなくてはならない。破ったら「罰」が待つわけです。罰までコミで契約する。約束は果たさなくてもいい。だって罰はないから。罰ではなく、約束には傷があるのです。破ったら傷つくんです。心も信頼関係も。なんというか湿っぽい関係の上に成り立ってるんです、約束って。契約はとっても乾いてますよね。義務と罰がある。割り切れる関係に成り立ってる、と漠然と思います。

 日本語に主語はないんですよ。主格はあるけど。格助詞によってほぼ何でも「主」になり得る。言わないでも見れば(聞けば)わかるから「主」は省かれる。動作したひとでなく動作されたものが主にもなる。「私がお茶を淹れた」んでなく「お茶が入った」というアレです。しかしこれは良いことした場合。悪いことした場合は何が何でも自分のせいにしてます、日本語って。「お皿割っちゃいました」って言いますね。「お皿が割れました」って言いませんね。自分が持ってて落とした場合に。

 そういうところ考えてたら何ともろめのフィンウェさんって日本人な気が(爆笑)。

 う~~ん、誓言絡み考えてたら、私もっぺん聖書やり直さなきゃダメかな~と思ってきたんですよね。西洋的な(と言い切るのもどうかとは思いますが)「契約」とかの概念ってどうだったかと。例えば十戒であったり、黙示録であったりするわけなんですけどね。「怒りの日」絡みの音楽とか詩編を読んでみるに、これを念頭に置いておかなければなんかダメかも、とか考えたり。日本的に言うと未来永劫続く罰というのは存在しないわけで(たぶん)。だって神は唯一絶対じゃないもの。……私の根本的な思考は今さら変わりゃしませんが、考えるための意識的な思考ならまだ変えられる、というか引き出し増やせるはず。だったら勉強して悪いことはないですな。

 大学行って何が楽しいって、こういう言葉とか物語とか思考とか民族性の違いとかを超マジに話し合ってそれが勉強になるってことですけど、………就職と全く結びつかないの。助けて。…
 のが私のいつもの思考形態だとするとそれは多分に女性的であると言わざるを得まい。しかし最後(何回かそうやって中途で放り出した後)にこれこれこうと纏めている、発しているところは何気に男性的であると言っても良いと思う。………なんか私って役立たず時期にまた入ってきたよ。しくしくしく。さめざめ泣いても何か変わるわけじゃなし。

 ところで私はファザコンなんですけどね(いきなり何?)。もしかしなくてもだからフェアノールを書く時はなんか心持ちがちょいといつもと違くなるのかなぁなんぞと考えたりもします。どこがどうとは明確に言えないのですが、好きか嫌いかと言われるとかなり純粋に「好き」ですフェアノール。可愛い。そして可哀想。少なくともフィンウェさんに感じるような愛憎つづれ織り状態には絶対にならないですハイ。

 で、フェアノールはまともに真っ向からファザコンであるからして(それなんか違う…)何かといっちゃあフィンウェさんのことを考えずにはいられないような感じなんですが、そして身内での約束とかをマジメに果たそうと思うと多分あのひとはフィンウェさんにかけて誓うだろうなぁとか思うわけです(そして確実に果たす)。けど、私がだらーっと文章とか妄想とかダダ洩れに書きますと、「フィンウェにかけて」何かとやっているのはむしろフェアノールよりもマエズロスなわけです。や、単に場面が多いだけかもしれませんが。そこらへんの考えってごく普通にシルマリル読んでると良く出てくる「フィンウェの子ら」にあるんだろうなぁと薄ら考えつつ、もしかしたらウチであのへんが幼馴染なのすらここらの記述から感じたことの発露なのかもしれませんです(今日、大丈夫?)。

 あのですね、フェアノール家で「フィンウェ」にかけて誓うことって、真剣味で言ったら、イルーヴァタールには劣るけどマンウェには勝るくらいのマジぶりだと思うのよ(だらっと書いてるとマエズロスは相当どうしようもない所で「おじいさまにかけて」って言うんだけどね)(どうしようもない所?)(そう例えば、その昔アナイレと寝台の上で取っ組み合うような関係にあったか否かをフィンゴルフィンに問い詰められた時とか)(それどうしようもないっていうか)。……そういう分かるひとには分かるマジぶりっていうの、好きなんだよなぁ。

 あんまり好きなのでフィンゴンの奥方(※本人否定)にも分かるひとにしか分からない言動させてます。そういう所でも好きになったんじゃないか、フィンゴン(奥方とマエズロスは「同類」です)。

 ところで成人概念について考えてたら添い伏しアリなのかなぁとか思い始めました。昨日の古典がこんなところにも影響!? でも「添い伏し」が制度として確立されたとしたらマグロール以降だと思います。きっぱり言えばマエズロスがいつまでたっても結婚しない(つーかできない)のが原因とかで添い伏し始まってみれば良いと思います。また世代のズレで微妙なとこ立ってるマエ兄…(というか理由が理由のくせに本人救済(や、本人どうこうして解決する問題じゃないんですが残念ながら)できてない…)。

 ネタ帳7冊目は恋愛遍歴事情で終わってるんですけど、そこから思ったのは成人~結婚までってのは純然たるフリー期間であって、誰かの伴侶除いて誰と付き合ってたって誰にも文句言えないよな、ということでした。え?同性?それも問題ないですよ実は。世間的にはともかく、フィンウェさんヒトコトもダメってゆってません。だってダメって言ったら自分が困る(爆)。そーんな個人的事情はおいとくにしても、生めよ増やせよな時期が落ち着いたら(つまりフィンウェさんの孫世代になったら)結婚してないひとたちなら(ここ重要)どんな関係だってあんまり後ろ指差されたりすることはないと思います。だって…寿命ないんだよ?

 結婚(う~ん、この1語にどんだけの解釈があることやら)に限っては永遠の契りなわけですけど、そうでないなら長い時間の間には心変わりもあるわけで(何か矛盾してませんか)。うん…フリーな時はフリーなんだよ。いろいろ付き合うがいいさ…(なんだその締め方)。

 つづきで拍手レスです♪


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