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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 本年もよろしくお願いいたします。

 母上と祖母と3人で百人一首しました。伊達に毎日書いてません。圧勝しました(そら出来なきゃ困るわ)。

 従弟たちの所に顔出しに行ったんですが、父方の叔母は父と年が離れているので、むかしは叔母って感じでなくてお姉ちゃん呼びしてました。今だって愛称で呼んでて「叔母」呼びしておりません。だから、なんだかなぁ、従弟の一番下の子(そこんちの従弟は3兄弟)はまだちっちゃいんですが、それでも小学校にもうあがるのかーと思うと、そら私が成人してるんだから当たり前なんですが、…お年玉あげなきゃならんかな、とか考えたりもしました。でも従弟だし。甥ならともかく、従弟にはあげなくていいと思うんですがどうでしょう。現代パラレルした場合に、マエズロスはガラドリエルにお年玉をあげるのか否かって問題な気もします(笑)。

 今日の百人一首。

 嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なるわが涙かな
 (嘆き悲しめといわれているわけでもないのに、月のせいみたいに涙が止まらないんだ)

 作者・西行法師(さいぎょうほうし)。今日の歌は好きなひとがいて気になって気になって仕方ない、月を見れば「泣け泣け」とでも言われているみたいに涙が溢れて止まらない、うわーん…。そんな歌です。ところで西行で一番有名な歌はこれではありません。一番有名なのはこれですね「願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」。

 西行はもともと武士でしたが、23歳の時突然出家して、その後坊さん修行&歌作りに一生をかけていたようです。23歳で出家かぁ…。ちなみにその時すでに妻と子どもがいたんですけどね。んでもって、坊さんになってからこの歌詠んでますが、この歌で思ってる好きな人が妻だとはとても思えない…。そんなもんなんでしょうか。
 あんたのチャット速度は速すぎて怖いよと家族に怯えられてます。

 というわけで大晦日、私の卒論は全く動かず、妄想は元気で、毎年のようにイイコでいます。おせちも作りました。右手がフルフルしてます(笑)。

 今年は怒涛の1年でした。創作意欲は盛り上がりに盛り上がり、一応ながら形にするのもある程度安定してきた、と思った瞬間のこの大スランプ。なんてこったーー、ですよ。私生活も暇あり波瀾あり、うーわーとか言ってる間に師走が過ぎていきました。ダーッシュ!

 来年はもちっとシャッキリしたいもので、…ていうか卒論ー!(後を濁しまくりの年末)

 それはともかく、ご挨拶。今年はたいへん様々な皆様にご迷惑やら心配やらをおかけしました。来年はココロを入れ替えて頑張りたいと思います。
 今年1年、有難うございました!

 今日の百人一首。

 風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふころかな
 (岩を打つ波が砕け散る!私の心も砕け散る!)

 作者・源重之(みなもとのしげゆき)。今日の歌はまたばっさりとフられております。今日はフった方ではなく、フられた方からの歌。風が強くて、波が岩を打って自分が砕け散っている、岩はびくともしない…そんな感じにビクともしない女性にフられました重之。あなたは冷たく平気でいるのに、私ばかりが心砕けて!

 ちなみに重之は友人の左遷に付き合って東北へ行ったっきり帰らぬひととなりました。え~、付き合いの良さのあまり死去?どなたかを思い出してしまいますね(爆)。
 年末大掃除、ときたら新聞紙でガラスを磨くと続いてもいいと思います。今日は惰眠をがっつり貪ったので、起きてから一生懸命ガラスを磨きまくりましたが、途中であえなく日没につき、一部甘い磨き方しかしてません。きゅうん。軽くバイト病が出ました。指紋とか曇りとかとにかくシツコク真剣に磨き上げてしまう…。達成感はありますがめちゃめちゃ体が疲れます。ふぅ。運動不足気味な気がしますからいいのかも。

 明日は確実にお煮しめ作ってますね。っていうか大晦日か。うーわ、びっくり。21時過ぎくらいに気が向いたらチャットルームで遊んでる可能性があります。もしトップに入り口くっついてたら確実に中で遊んでますので、お時間ありましたら構ってくださると嬉しいです。

 今日の百人一首。

 春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
 (儚い間の手枕で噂になっては困ります)

 作者・周防内侍(すおうのないし)。キッパリ振ってます(笑)。こんなにどきっぱり振ってるのも珍しいんじゃ…?周防がこの歌を詠んだのは藤原教道の屋敷に女房として仕えていた頃です。春の夜、お喋りが弾んで物語大会が繰り広げられてしまった深夜(女房って…っていうか平安貴族は夜更かしでしてね…)周防ちゃんちょっと眠くなりました。「私ちょっと眠い…枕ないかしら?」言いますと、なんと御簾の下から男の手が出てきました。「枕ならほらここに、どうぞお使いください」腕を出したのは大納言藤原忠家。あら!周防ちゃんビックリですが、すかさず歌を詠みます。「うっかりそんなことしたら明日には都中の噂になっちゃうじゃない!ヤ!」

 ちなみに忠家の返歌は「契ありて春の夜深き手枕をいかがかひなき夢になすべき」(そーんな浅い仲じゃないのに浅くされたらこっちも困っちゃうよ)……たぶん、この歌は忠家の負け惜しみっていうか、周防ちゃん物凄くキッパリ振ってますから、これくらい返さなきゃ平安貴族的にどうよなのかもしれません。
フィンウェが占ってあげるね。

今日は「息子運上昇のきざし」だよ。
息子と兄弟間を恋愛しましょう
 お知恵ちゃん、卒論が書けなくてジタバタしてる私に何の爆弾発言ですか?
ユージュ、涙がちょちょ切れそう(笑)。 
 よく考えなくても、私は舅と婿の関係を見たことがない。なぜなら父方も母方も、祖父に会ったことないから。ちっ。だから私は多大に「祖父」なる存在に夢と理想と希望を抱いている。父上に長生きしてもらいたい。いつか娘か息子に「おじいちゃん家行こうね~」とか言いたい(笑)。そしてわが母上は姑との関係がすこぶる良い。非常に良い。良すぎる。だからでしょうな、私、身内で仲悪いのって、書きにくい。むしろ特にこうしようとか決めないで身内の関係考えると、ものすごく仲良くなる。兄弟間もまた然り。だってウチ、姉妹間の仲すごーく良いもん。やっぱなぁ、体験してない関係性って書きにくいよ。私って案外体験型で文章書いてるなー、などと、そんなこと思ったりして、…やっぱり今日もぐるぐるぐる。

 それはそうと本格的に『楽園の東側』ネタが止まらないんだけど、これってさっさと書いてみるべき?

 今日の百人一首。

 浅茅生の小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき
 (忍んで、忍んで、忍んできたけれど、ああ、もう耐え切れない、どうしてこんなに貴方が恋しい!)

 作者・参議等(さんぎひとし)。源等です。嵯峨天皇のひ孫。家柄のわりに出世がおそおそで、60過ぎてからやっとこさ参議になりました。今日の歌はそんな等が若かりし頃に詠んだもの。

 この歌は本歌取りです。本歌は「浅茅生の小野の篠原しのぶとも人知るらめやいふ人なしに」(私がこんなに激しくあのひとを恋い慕っていることを、あのひとは知らない、誰も伝えるひとがいないのだから)。上の句がほとんど一緒ですよね。「忍んできたけれど」にあたる部分。意味は「低い茅の生えている野の篠原の「しの」という言葉じゃないけど私は「しの」んできたんですよ」という掛詞なんだか序詞なんだか微妙な感じのものです。要は「忍ぶ」を強調してるだけ。まぁ歌という形に詠む上では非常に重要かもしれません。

 これって恋愛の開始にちょうどいい歌ってことで良いんですかねぇ。平安時代のこと、ほとんど外に出ない女の人からすれば、「好き好き超好き大好きですっ」ってストレートに告げられるのはちょっと安心?良い男が通ってナンボですからねぇ…。


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