ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言
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今夜っつーか日付変わったらすぐっていうか、大阪に旅立ちます。クルマで。同期で。
今日はなんかすごいヒマだったので、エクセル勉強中ですと称して何をやってたかというと、以前呟いておりました盤上遊戯アリマアのエルフバージョンなどを作成してました(爆)仕事しろよ?仕事もしましたよ、ちゃんと…。仕事もしたけど何せ暇だったんです。まあ日々ヒマなので、仕事を引きのばし引きのばし復習予習に余念なくせっせと頑張ってるんですけどね。
で、アリマアのエルフバージョン、なんかとんでもないことになりました。勝手設定爆発中です。そもそも盤の広さからしてエルフなら12だろうさというよくわかんない信念のもとに12×12つまり144の升目になり、そこに勿論忘れちゃいけない兎が12羽と、駱駝はイヤなので鷲にしまして(笑)鷲1羽と象1頭と馬2頭と犬4匹と猫4匹が各々いまして、自陣は端から2列ですが、試合開始前の12手というのがありまして(おい)、アリマアは基本的に駒の配置は決まってなくて自由に置けるんですが、そこはそれ最初は決まってて、はじめの12手までを好きなだけ使って入れ替えと1手指しをして、自陣は都合3列までにしようではないかと考えました。何せ12×12ですから。
んでもって、基本ルールは変わらずにうさぎをゴール列まで進めれば勝ちで、自分のうさぎが全部いなくなっちゃっても負けでなくて頑張れば引き分けられるってのも同じです。罠もありの押し出しも引っ張りもありますが、ポイントは12×12の枡が東西南北に分かれてて、対応する駒がそこに突入するといいこと起きるってことでしょうか。1ターン何手にしようかなぁ。やっぱ6か?
ちなみに通常チェスですとアルファベットと数字で表されますところの列と行、勿論エルフバージョン、しかもアマンでは違いますよ。そらヴァラの名前でいこうではないか。都合よく、夫婦もんのヴァラールはちょうど6組いるんですよ。4つに別れて6組と、その6組を表す言葉で列表そうかなぁと。イミフなことになぜか先手後手でヴァラを言うかヴァリエを言うか分けようかなとか考えてもみました。意味はない。先手か後手かわかるだけ。目の前に盤があったら意味ないよ本当に。
で、実際このゲームが(まだ全部ルール考えてないですけど)やって楽しいのか、そもそも出来るのかは謎です。だけどアリマアが出来るんだ、どうにかなるだろうさ。そんではこれから寝ますっ。
今日はなんかすごいヒマだったので、エクセル勉強中ですと称して何をやってたかというと、以前呟いておりました盤上遊戯アリマアのエルフバージョンなどを作成してました(爆)仕事しろよ?仕事もしましたよ、ちゃんと…。仕事もしたけど何せ暇だったんです。まあ日々ヒマなので、仕事を引きのばし引きのばし復習予習に余念なくせっせと頑張ってるんですけどね。
で、アリマアのエルフバージョン、なんかとんでもないことになりました。勝手設定爆発中です。そもそも盤の広さからしてエルフなら12だろうさというよくわかんない信念のもとに12×12つまり144の升目になり、そこに勿論忘れちゃいけない兎が12羽と、駱駝はイヤなので鷲にしまして(笑)鷲1羽と象1頭と馬2頭と犬4匹と猫4匹が各々いまして、自陣は端から2列ですが、試合開始前の12手というのがありまして(おい)、アリマアは基本的に駒の配置は決まってなくて自由に置けるんですが、そこはそれ最初は決まってて、はじめの12手までを好きなだけ使って入れ替えと1手指しをして、自陣は都合3列までにしようではないかと考えました。何せ12×12ですから。
んでもって、基本ルールは変わらずにうさぎをゴール列まで進めれば勝ちで、自分のうさぎが全部いなくなっちゃっても負けでなくて頑張れば引き分けられるってのも同じです。罠もありの押し出しも引っ張りもありますが、ポイントは12×12の枡が東西南北に分かれてて、対応する駒がそこに突入するといいこと起きるってことでしょうか。1ターン何手にしようかなぁ。やっぱ6か?
ちなみに通常チェスですとアルファベットと数字で表されますところの列と行、勿論エルフバージョン、しかもアマンでは違いますよ。そらヴァラの名前でいこうではないか。都合よく、夫婦もんのヴァラールはちょうど6組いるんですよ。4つに別れて6組と、その6組を表す言葉で列表そうかなぁと。イミフなことになぜか先手後手でヴァラを言うかヴァリエを言うか分けようかなとか考えてもみました。意味はない。先手か後手かわかるだけ。目の前に盤があったら意味ないよ本当に。
で、実際このゲームが(まだ全部ルール考えてないですけど)やって楽しいのか、そもそも出来るのかは謎です。だけどアリマアが出来るんだ、どうにかなるだろうさ。そんではこれから寝ますっ。
『Calli~炎の女カルメン~』を観てきましたよ。朝海ひかる嬢主演です。謝珠栄先生のTSミュージカル…ってそういえばこないだ私は『タン・ビエットの唄』を観ましたわな…。
朝海ひかる嬢が朝海ひかる氏だった頃、コムちゃんはとかく私の中のマエズロスの「顔」を色々限定的なイメージにしてくれた存在だったわけですが(ええ、ウチのマエズロスは性格はともかく(はい?)顔はコムちゃんです…実写版?(爆))前回観たコムちゃんが蜘蛛女であれはコムちゃんがどうのって言うよりも話が暗く重く深く厳しく!でずずーんときてしまってイメージだけしか残ってなかったんですが、今回は、可愛いとことか格好いいとことか色々あって、確かに先に観た友人の言ってた通り「なんか性別とか脇においといて生きてる感じ」でした。
謝先生演出のカルメンというのは実は初めてではなく、何を隠そう我がお宙でまだ旦那が二番手だった頃にやってくれております。『激情』私、旦那のやってたプロスペル・メリメさんは大好きですが(化粧はともかく)ガルシアは笑いすぎて腹がよじれそうになりました(おい)。なんで二役だったんだろう。それはさておき、謝先生はカルメンを舞台化するとなると演出上譲れないポイントがあるみたいです。それ、お宙でも同じ演出してたー!ってのが数箇所ちらほらと。そら、同じ話から別切り口とかでイメージ膨らますにしたって、譲りたくないポイント(こだわり)はありますよね。わかるよ。うん。だからいいんですけど。
それで、今回のカルメンは、なんていうか…ファンタジックなミステリーでした。お話としては。なんでミステリーやねんってところでしょうが、基本姿勢はナンバーにもある「信じられるかられないか」というところでした。私的にはコール大学のテーマ(笑)に通じるんですが…「事実を知り真実をあらわす」ところ。私の書くものはすべて私の解釈、私の見たいようにしか見れていないわけで、私にとっては真実でしょうが人からは真実ではない。世に現れた創作物とはえてしてそういうものではありますが。ってことは本当は「歴史」というのは事実の羅列であるべきなのです。文章というものの性格上、書かれた時にはすでに書いた人の解釈が入ってしまっていて、真に客観的な事実というものは、どうにも読む意力をそそらないのではありますけど。
ひとが一生のうちに自分の目で見れるものっていうのはどれほど少ないでしょうか。今回、舞台で、ホセはホセの語るカルメンはホセの見た真実でしかなくて、カルメンがどう思って行動していたかはホセの見ていないカルメンで、つまりホセの真実のカルメン=カルメンの真実のカルメンではない、っていうところを軸として、お前の見ていなかったカルメンは実はこういうことだったかもしれないじゃないか!というのが現場検証再現ドラマとして展開されるんですが、それがなんとも、ミステリードラマの手法に思えてなりませんでした(笑)。だからなんていうか、ファンタジックなミステリー。
そしてラストは民族差別というか人類愛まで大きく広げた終わり方だったので、私はそこでひしひしと人と人がわかりあうことの難しさを感じたり、愛ってなんだろうっていういつものテーマにドツボってたりしました。だめじゃん。
今日観ていて思ったのは、愛というのはわかりあうことじゃなくて(何故なら人は永遠に分かり合えないから)分かりあおうと努力する、とか歩み寄る、ってことなのかなと思いました。妥協と区別がつきにくいよムズカシイよ。暮らせないという発言がたびたび出てきたのですが、そうだよな、と思い、しかし生きていけないという表現になると少々ギモンフも浮かびます。私的には一緒に暮らせないけど生きていくことはできると思うのです。暮らせないけど過ごしてはゆける。あ、しまった。ウチのフィンウェさんとフェアノールではないかこれでは。
ところでマエズロスな顔をしている(個人的に)コムちゃんが女のひとでしかも今回カルメンなのでうねった長い髪とかをじっくり見ていると、どうにもネアダネルはこういうふうなんだろうなとかいう妄想もじわりじわりと。胸の大きさが多分一番違いますが(爆)コムちゃん最近すっかり女らしいまろみを帯びた体のラインが出てきて、しかし相変わらず細くて、あんまりスタイル良すぎないので(顔はちっちゃいけど)、なんとも素敵なそそる身体であります(何が)。何気に肩幅はけっこうしっかりあるところとか、ダンサーらしい鍛えられてますって感じの脚(つまりエロスじゃないっていうかむしろ漢気)とか、さすが身体のキレはめっちゃいいなぁとか、妄想と現実が手に手を取って踊り狂ってました。ふふふふふ。ひとりでふたり分妄想刺激とか、なんて素敵なひとなんだ!(そこかい)ところで赤毛に赤い服は絶対着せてはいけませんが(色味をちゃんと考えないとケンカしますし)フェアノールが赤い背景とか赤い服とかでイメージ湧いてくるのは、本人の性格もさることながら、奴がどう転んでもキリっとした黒髪だからでしょうかね。ちなみにフェアノールはストレートなイメージです。…あれ、赤スサ!?(※これも宝塚時代朝海氏のやった役…の中の1場面)ええと。で、ネアダネルが巻き毛っていうかうねってて、マエズロスはストレートです。なんとなく(なんとなくかよ)。
ちなみに今日のタイトルはディズニーの『ダンボ』の日本語吹き替え版のラストで歌われてる歌詞です。「しんーじーれーばー♪ほんとうーです~♪」ほんとにな。素敵に妄想が刺激されて、なぜか帰りの電車ではくどくだるい思考のフィンウェさんがすごく良く書けました…。嬉しいけど、嬉しくない。
朝海ひかる嬢が朝海ひかる氏だった頃、コムちゃんはとかく私の中のマエズロスの「顔」を色々限定的なイメージにしてくれた存在だったわけですが(ええ、ウチのマエズロスは性格はともかく(はい?)顔はコムちゃんです…実写版?(爆))前回観たコムちゃんが蜘蛛女であれはコムちゃんがどうのって言うよりも話が暗く重く深く厳しく!でずずーんときてしまってイメージだけしか残ってなかったんですが、今回は、可愛いとことか格好いいとことか色々あって、確かに先に観た友人の言ってた通り「なんか性別とか脇においといて生きてる感じ」でした。
謝先生演出のカルメンというのは実は初めてではなく、何を隠そう我がお宙でまだ旦那が二番手だった頃にやってくれております。『激情』私、旦那のやってたプロスペル・メリメさんは大好きですが(化粧はともかく)ガルシアは笑いすぎて腹がよじれそうになりました(おい)。なんで二役だったんだろう。それはさておき、謝先生はカルメンを舞台化するとなると演出上譲れないポイントがあるみたいです。それ、お宙でも同じ演出してたー!ってのが数箇所ちらほらと。そら、同じ話から別切り口とかでイメージ膨らますにしたって、譲りたくないポイント(こだわり)はありますよね。わかるよ。うん。だからいいんですけど。
それで、今回のカルメンは、なんていうか…ファンタジックなミステリーでした。お話としては。なんでミステリーやねんってところでしょうが、基本姿勢はナンバーにもある「信じられるかられないか」というところでした。私的にはコール大学のテーマ(笑)に通じるんですが…「事実を知り真実をあらわす」ところ。私の書くものはすべて私の解釈、私の見たいようにしか見れていないわけで、私にとっては真実でしょうが人からは真実ではない。世に現れた創作物とはえてしてそういうものではありますが。ってことは本当は「歴史」というのは事実の羅列であるべきなのです。文章というものの性格上、書かれた時にはすでに書いた人の解釈が入ってしまっていて、真に客観的な事実というものは、どうにも読む意力をそそらないのではありますけど。
ひとが一生のうちに自分の目で見れるものっていうのはどれほど少ないでしょうか。今回、舞台で、ホセはホセの語るカルメンはホセの見た真実でしかなくて、カルメンがどう思って行動していたかはホセの見ていないカルメンで、つまりホセの真実のカルメン=カルメンの真実のカルメンではない、っていうところを軸として、お前の見ていなかったカルメンは実はこういうことだったかもしれないじゃないか!というのが現場検証再現ドラマとして展開されるんですが、それがなんとも、ミステリードラマの手法に思えてなりませんでした(笑)。だからなんていうか、ファンタジックなミステリー。
そしてラストは民族差別というか人類愛まで大きく広げた終わり方だったので、私はそこでひしひしと人と人がわかりあうことの難しさを感じたり、愛ってなんだろうっていういつものテーマにドツボってたりしました。だめじゃん。
今日観ていて思ったのは、愛というのはわかりあうことじゃなくて(何故なら人は永遠に分かり合えないから)分かりあおうと努力する、とか歩み寄る、ってことなのかなと思いました。妥協と区別がつきにくいよムズカシイよ。暮らせないという発言がたびたび出てきたのですが、そうだよな、と思い、しかし生きていけないという表現になると少々ギモンフも浮かびます。私的には一緒に暮らせないけど生きていくことはできると思うのです。暮らせないけど過ごしてはゆける。あ、しまった。ウチのフィンウェさんとフェアノールではないかこれでは。
ところでマエズロスな顔をしている(個人的に)コムちゃんが女のひとでしかも今回カルメンなのでうねった長い髪とかをじっくり見ていると、どうにもネアダネルはこういうふうなんだろうなとかいう妄想もじわりじわりと。胸の大きさが多分一番違いますが(爆)コムちゃん最近すっかり女らしいまろみを帯びた体のラインが出てきて、しかし相変わらず細くて、あんまりスタイル良すぎないので(顔はちっちゃいけど)、なんとも素敵なそそる身体であります(何が)。何気に肩幅はけっこうしっかりあるところとか、ダンサーらしい鍛えられてますって感じの脚(つまりエロスじゃないっていうかむしろ漢気)とか、さすが身体のキレはめっちゃいいなぁとか、妄想と現実が手に手を取って踊り狂ってました。ふふふふふ。ひとりでふたり分妄想刺激とか、なんて素敵なひとなんだ!(そこかい)ところで赤毛に赤い服は絶対着せてはいけませんが(色味をちゃんと考えないとケンカしますし)フェアノールが赤い背景とか赤い服とかでイメージ湧いてくるのは、本人の性格もさることながら、奴がどう転んでもキリっとした黒髪だからでしょうかね。ちなみにフェアノールはストレートなイメージです。…あれ、赤スサ!?(※これも宝塚時代朝海氏のやった役…の中の1場面)ええと。で、ネアダネルが巻き毛っていうかうねってて、マエズロスはストレートです。なんとなく(なんとなくかよ)。
ちなみに今日のタイトルはディズニーの『ダンボ』の日本語吹き替え版のラストで歌われてる歌詞です。「しんーじーれーばー♪ほんとうーです~♪」ほんとにな。素敵に妄想が刺激されて、なぜか帰りの電車ではくどくだるい思考のフィンウェさんがすごく良く書けました…。嬉しいけど、嬉しくない。
フィンゴルフィン家がとりわけお貴族さまだよねっという結論が腹の底まで納得いって落ち着いたところで(ホントに落ち着いたのか?)薄らフィンゴンのマエズロス救出劇について笑える妄想が駆け巡りかけました。ほら、ろめ的にはこの救出大作戦中にフィンゴンは奥方(※本人否定)と出会っちゃったりするんですよ。ちなみに竪琴は奥方(※本人否定)に貰いました。役にたった…んだろうな(汗)何を血迷ったかそれが普通なのか歌っちゃってますし、ちゃっかり救出される側も歌い返してますし。で、もしお貴族さまな感覚が全く変わらず、しかし彼は勇者でありますからには救出に突入してったとしたら、フィンゴン、…どんな装備だったのかしら、あんまりちゃんと用意できてないんじゃないかしら…と酷いことを思ったのがまずはきっかけです。食事の用意とかしてなさそうだよね(食べんでもいいかもしらんが)。うっかり妄想の中ではフィンゴンは奥方(※本人否定)に「お前が無事かつ元気でなくて何がどうやってひとを助けるとか出来るんだ少しは考えないかこのお貴族さまが」と叱り飛ばされなぜか竪琴貰って別れましたが、いやそんな楽しい妄想はさておいて、待てよ、本当にお貴族さまはその時すらお貴族さまなのか?と考えてみることにしました。
緊急時の適応能力ってやつです。普段の家事遂行能力はあまり、関係ないのかもしれません。
結論から言いますと、そちら方面からアプローチする前にさくっと答が出たんです私の中で。そういう時にお貴族さましてたら、奴ら、ヘルカラクセは越えられまい。ということはヘルカラクセ越えで鍛えられ矯正され少なくとも緊急時にはタフに強かにしかし正々堂々と生き延びかつ率いちゃう感じであったに違いない!と。ちなみにこの「タフに強かにしかし正々堂々と生き延びかつ率いちゃう」に「甘やかして背負い込む」を付け足すと何を隠そう大いなる旅の湖世代を率いてたフィンウェさんになると思いますが、まあそれはどうでもよい。
ヘルカラクセ、すっごい人数が減ってるはずなんです。…でも元がわけわからんくらい多かったようだけどね、どうも。(うわーティリオン一体どんだけ大きな都なの…)毎日毎日、というか毎時間毎時間すごい勢いで人数が減っていく。どんどんどん…でも荷物は捨てないお貴族さま(笑)。いや、捨てたからって先が見えるような道でもないですから、捨てない方がいいと思いますけどね。すごい人数が減ったにも関わらず、上陸して結構すぐに戦いやる気だったフィンゴルフィン。あんたの士気はどんだけ上昇してるわけ!?こーゆーところ、エルフって、わかりません。
緊急時の適応能力はかなり高かったお貴族さま。でも平穏になったらまた当然お貴族さまなんでしょうけどねぇ。豪邸定住エルフの基本概念なんですかねぇ。もともと旅から旅へ…ていう種族でもないですから(フェアノールん家はそこもヘンなんだよ)、いいんですけどね。食事の基本回数が少なくていいとはいえ、戦場でフルコース食べるような概念の持ち主でなくて良かったです。ええ。
逸れた挙句に戻ってきてまた別の方向に行くんですが、フィンマエ文脈で読むなら当然のこととしてフィンゴンはマエズロスを助けにいくわけですが、そうではなく冷静な判断(?)としての理由はきちんと原作に明記されてますよね。「ノルドール族を分かつ確執を癒そうと決意した」と。や、そのすぐ後に結局友情のためです☆って書いてあって更にその後ツッコミ所満載な行動ばっかりな上に大真面目にカッコイイけどなんかむしろうわぁあああちょっと引くかも…な濃い勢いのフィンゴンですが、誰にも相談してないそうですから、ぶっちゃけフェアノール家とフィンゴルフィン家の確執(フィナルフィン家はどうしたって?え、だってむしろ組み込まれてる扱いでしょ?)はマエズロスがいればどうにかなるに違いないってのはフィンゴンの思い込みなわけですよね(爆)。……結果、どうにかなりましたが、どうにもならんかったらどうしてたんだろ。とちらっと思ってしまう突入フィンゴンなわけです。
王権ということで言えば死去による順当な継承という概念があったとして、直系長子主義のエルフですから(ちなみにこの流れに性別は関係ありません)、この時点でノルド上級王の位は正しくマエズロスにあったわけです。しかしそれフィンゴン、認識してたのかなぁ。してようがしてまいが彼の行動は変わらなかったでしょうが。もう、フィンゴンは…。考えれば考えるだけ考えたのが無駄な気になってきます。良い男だよ、ヤツは。それでよいではないか。ぐすん。
緊急時の適応能力ってやつです。普段の家事遂行能力はあまり、関係ないのかもしれません。
結論から言いますと、そちら方面からアプローチする前にさくっと答が出たんです私の中で。そういう時にお貴族さましてたら、奴ら、ヘルカラクセは越えられまい。ということはヘルカラクセ越えで鍛えられ矯正され少なくとも緊急時にはタフに強かにしかし正々堂々と生き延びかつ率いちゃう感じであったに違いない!と。ちなみにこの「タフに強かにしかし正々堂々と生き延びかつ率いちゃう」に「甘やかして背負い込む」を付け足すと何を隠そう大いなる旅の湖世代を率いてたフィンウェさんになると思いますが、まあそれはどうでもよい。
ヘルカラクセ、すっごい人数が減ってるはずなんです。…でも元がわけわからんくらい多かったようだけどね、どうも。(うわーティリオン一体どんだけ大きな都なの…)毎日毎日、というか毎時間毎時間すごい勢いで人数が減っていく。どんどんどん…でも荷物は捨てないお貴族さま(笑)。いや、捨てたからって先が見えるような道でもないですから、捨てない方がいいと思いますけどね。すごい人数が減ったにも関わらず、上陸して結構すぐに戦いやる気だったフィンゴルフィン。あんたの士気はどんだけ上昇してるわけ!?こーゆーところ、エルフって、わかりません。
緊急時の適応能力はかなり高かったお貴族さま。でも平穏になったらまた当然お貴族さまなんでしょうけどねぇ。豪邸定住エルフの基本概念なんですかねぇ。もともと旅から旅へ…ていう種族でもないですから(フェアノールん家はそこもヘンなんだよ)、いいんですけどね。食事の基本回数が少なくていいとはいえ、戦場でフルコース食べるような概念の持ち主でなくて良かったです。ええ。
逸れた挙句に戻ってきてまた別の方向に行くんですが、フィンマエ文脈で読むなら当然のこととしてフィンゴンはマエズロスを助けにいくわけですが、そうではなく冷静な判断(?)としての理由はきちんと原作に明記されてますよね。「ノルドール族を分かつ確執を癒そうと決意した」と。や、そのすぐ後に結局友情のためです☆って書いてあって更にその後ツッコミ所満載な行動ばっかりな上に大真面目にカッコイイけどなんかむしろうわぁあああちょっと引くかも…な濃い勢いのフィンゴンですが、誰にも相談してないそうですから、ぶっちゃけフェアノール家とフィンゴルフィン家の確執(フィナルフィン家はどうしたって?え、だってむしろ組み込まれてる扱いでしょ?)はマエズロスがいればどうにかなるに違いないってのはフィンゴンの思い込みなわけですよね(爆)。……結果、どうにかなりましたが、どうにもならんかったらどうしてたんだろ。とちらっと思ってしまう突入フィンゴンなわけです。
王権ということで言えば死去による順当な継承という概念があったとして、直系長子主義のエルフですから(ちなみにこの流れに性別は関係ありません)、この時点でノルド上級王の位は正しくマエズロスにあったわけです。しかしそれフィンゴン、認識してたのかなぁ。してようがしてまいが彼の行動は変わらなかったでしょうが。もう、フィンゴンは…。考えれば考えるだけ考えたのが無駄な気になってきます。良い男だよ、ヤツは。それでよいではないか。ぐすん。
記事をマルっとすっとばしてしまった…。すごいやる気がなくなった。がく。
今日書いてたリクエスト作品でフィンウェさんが寝まくりなのにいささか苛立ちを覚えますという内容で開始してました。もうもう、二度と書けないじゃんかっ、うわーんっ。
まぁ本当に寝すぎですよ。一日の四分の三も寝るなよな。でもちょこっとフェアノールも悪いです。アレかな、一生の間に起きてる時間と寝てる時間は実は決まってて、今までずーっと起きてる時間ばっかりだからここらで寝だめというか、寝ないといけないのかもしれませんね。
んで、そもそもクウェンディに時間の概念ちゃんとあるのか不思議だったんですが、先日の話で「鐘が~」云々書いたことですし、あれは時間を区切る話だったし、時間概念についてちょっくら考えてみました。……話の展開はこんな感じだったがもう大半覚えてないよん。ぐすん。
でぇ…。なんだっけ?(爆)ああそう時間概念なんですけどね、単純に考えて一日が12時間なんだから、1時間が太陽時間の2時間分の感覚だと思えばいいんですよねきっと。てことは、平均睡眠時間は3~4時間。で、銀の刻の方がなんとなく夜っぽいっていうか安らぐ(寝てても大丈夫!)なのがクウェンディだと思うんですよ。だって彼ら星見てたから。お星さまはヴァルダさまがテルペリオンの滴でつくりました。だから基本色は銀色のはずなのですよ。
じゃあ銀の刻は夜だな。ってことはアレだ、銀金の刻は明け方で、金銀の刻は夕暮れなんだそうなんだ。そんな結論に達しました。銀から金に変わって明けて、金が日中、金から銀で夕暮れ、そして銀は夜。あの混じってる時間帯が正午や真夜中であるとは思えないのですよ。やっぱりしっかり移り変わる感じってのは、明け方や夕暮れの刻一刻とした感じに当てはめたいですよ。そうですよ。
………何書きたかったのか忘れましたよ。ああ呼び名の問題か?奴らに「朝」とか「昼」とか言っていいのか?と思いましたが、今言語としてあてはめるなら朝とか昼とかしか言い様のない感覚の概念はあったはずなんですよ。彼らは何より先に夜を知っています。夜のただ中で暮らしていたから。まぁアマン生まれアマン育ちはもちろん知りませんが、知識としては知ってただろうし、見えないけどがんばって中つ国の方を見れば見るからに暗いじゃないですか(笑)。ナイトフォールで暗闇が訪れて、そうかこれが夜というものか、という。ね。そんなこともありつつ。
ならきっと銀の刻のことは「夜」とは言わないだろう、「夕」くらいがちょうどいいんじゃないかと思ってます。朝と昼と夕。朝が明けて、夕が暮れる。クウェンディって夕飯一食だけのイメージがあるんですが。皆就寝前におなかいっぱいにしてそのままぐー、って寝て、起きたら活動して、おなかいっぱいになったら寝るんですよきっとそうだよ。どれだけこどもみたいな生活ですか!だからごはん時=夕飯の時間=銀の2刻か遅くても3刻くらいなんですよ。真夜中直前にごはん食べて寝る。うーん。これでいいんだろうか(笑)。
もう、結論までふっとんでしまいましたので本日はこれにて終了です。フテ寝するしかない。
今日書いてたリクエスト作品でフィンウェさんが寝まくりなのにいささか苛立ちを覚えますという内容で開始してました。もうもう、二度と書けないじゃんかっ、うわーんっ。
まぁ本当に寝すぎですよ。一日の四分の三も寝るなよな。でもちょこっとフェアノールも悪いです。アレかな、一生の間に起きてる時間と寝てる時間は実は決まってて、今までずーっと起きてる時間ばっかりだからここらで寝だめというか、寝ないといけないのかもしれませんね。
んで、そもそもクウェンディに時間の概念ちゃんとあるのか不思議だったんですが、先日の話で「鐘が~」云々書いたことですし、あれは時間を区切る話だったし、時間概念についてちょっくら考えてみました。……話の展開はこんな感じだったがもう大半覚えてないよん。ぐすん。
でぇ…。なんだっけ?(爆)ああそう時間概念なんですけどね、単純に考えて一日が12時間なんだから、1時間が太陽時間の2時間分の感覚だと思えばいいんですよねきっと。てことは、平均睡眠時間は3~4時間。で、銀の刻の方がなんとなく夜っぽいっていうか安らぐ(寝てても大丈夫!)なのがクウェンディだと思うんですよ。だって彼ら星見てたから。お星さまはヴァルダさまがテルペリオンの滴でつくりました。だから基本色は銀色のはずなのですよ。
じゃあ銀の刻は夜だな。ってことはアレだ、銀金の刻は明け方で、金銀の刻は夕暮れなんだそうなんだ。そんな結論に達しました。銀から金に変わって明けて、金が日中、金から銀で夕暮れ、そして銀は夜。あの混じってる時間帯が正午や真夜中であるとは思えないのですよ。やっぱりしっかり移り変わる感じってのは、明け方や夕暮れの刻一刻とした感じに当てはめたいですよ。そうですよ。
………何書きたかったのか忘れましたよ。ああ呼び名の問題か?奴らに「朝」とか「昼」とか言っていいのか?と思いましたが、今言語としてあてはめるなら朝とか昼とかしか言い様のない感覚の概念はあったはずなんですよ。彼らは何より先に夜を知っています。夜のただ中で暮らしていたから。まぁアマン生まれアマン育ちはもちろん知りませんが、知識としては知ってただろうし、見えないけどがんばって中つ国の方を見れば見るからに暗いじゃないですか(笑)。ナイトフォールで暗闇が訪れて、そうかこれが夜というものか、という。ね。そんなこともありつつ。
ならきっと銀の刻のことは「夜」とは言わないだろう、「夕」くらいがちょうどいいんじゃないかと思ってます。朝と昼と夕。朝が明けて、夕が暮れる。クウェンディって夕飯一食だけのイメージがあるんですが。皆就寝前におなかいっぱいにしてそのままぐー、って寝て、起きたら活動して、おなかいっぱいになったら寝るんですよきっとそうだよ。どれだけこどもみたいな生活ですか!だからごはん時=夕飯の時間=銀の2刻か遅くても3刻くらいなんですよ。真夜中直前にごはん食べて寝る。うーん。これでいいんだろうか(笑)。
もう、結論までふっとんでしまいましたので本日はこれにて終了です。フテ寝するしかない。
唯一神がいる宗教はなんとなくオソロシイっていうか日本人ワッカンナイヨーって感じが否めないのですが(だって本当になんでもアリだもん…宗教ギャグもまかり通る国だもん…)、そしてちょっとカインとアベルのくだりを読み返す羽目に陥ったがゆえにさっきまで聖書読んでたんですけど、どう解説されてもあそこ納得いかないっていうかいきたくないっていうかそこで反抗つか反骨精神旺盛になってしまうので、私絶対にキリスト教では救われない。それで言うとおとーちゃん…イルーヴァタールは口出し手出し、しないと言えばしないので(いやすでにアイヌリンダレあたりで「なんじゃい!」と思ってるひともいっぱいいると思うけど)、そこまで怖くないかなぁとか思ったりもする。まぁ、理不尽だけどね、おとーちゃん。でも神って理不尽なものだろ?
昨日は何かノリにノっていましたが、今日も今日とて昨日の続きといいますか、じゃあお貴族さまなフィンゴルフィン家の伝説はどこまで続いたんだろうなぁっと思ってこまめに考えてみたら、マイグリンがすごい可哀想だなぁっていうか、マイグリンの役割的には父方に引きずられてるというか、英雄が英雄たるための生贄というか、そこの立場になってしまったんだなぁとか、そもそも血筋と地位身分的にはもちろん正しくあの家系らしく英雄になることも出来たはずなのに、影に覆われた人生だよなぁとしみじみ思ってしまいました。まぁでも挫折した英雄なんて格好の生贄ですよね…。
輝ける英雄の系譜はフィンゴルフィン→トゥアゴン→(イドリル&トゥオル)→エアレンディルと繋がっているのだと思うのですよ。これ敢えて言うなら騎士→賢者→勇者って感じですよね(そんな無理やりな)。フィンゴンは別枠で、ですが王権というところでは結局エレイニオンにいくあたり、魔が指したような一時期の設定であってもエレイニオンがフィンゴンの息子である設定はぜひとも捨てたくない、推奨したいなぁとか思うわけです。
そして更に、人間は英雄たるのがあの世界の基本なわけです。ですからそこが混ざったわけで、もう何?英雄×英雄?そこの道まっしぐらするしか道がないですよ。だからか何か、教授の一番思い入れの強い英雄ってエアレンディルなわけで、ていうか冠詞に英雄ってつけても全く違和感ないあたり何か不思議な強迫観念(何それ)を感じるような気がいたします。でもさ、シルマリルリオンだけじっくり読んでもよくわからないよねエアレンディルって。むしろHoMEか、やっぱりそうなのか…。
ノルドから話は逸れますが、だって、ちゃんとベレンとルシアンのくだり読んで、英雄はダレだ?って聞いたらほぼ間違いなく皆答えるでしょう?「ルシアン!」って(笑)。でも後世的にはちゃんとベレンは英雄であるんですよ、なんなんですかこの人間は英雄である概念。そんなんがあるとしか思えないですよ。トゥオルはトゥオルでウルトラCなお方のようだし…。ちくしょーそのへんは何でもアリか!?アリなのか!?オプション付いてない上に庶民なフェアノール家をどうしてくれる!(笑)
フィナルフィン家が目立たない(?)のは、フィンロドは別枠として、あの家の存在意義はガラドリエルが残り続けて、そして去るという一連の流れを背負う(見るひとである)ことにある気がしますよ。なんか色々、色々なイメージのあるガラドリエルですが、あのひとの真価を云々考えてみますと、そもそもの始まり、宝玉戦争から指輪戦争までを全部その目で見て、そして去ることを決めることにあるわけじゃないですか。宝玉戦争の結果の血筋の体現者として伝承と見ることを背負っているのがエルロンドとしたら(ついでにあの子は半エルフだ)、上のエルフ(アマンから来た)として始まりから終わりまでを見届けて、去っていくという選択をするのがガラドリエルでしょう。(……そーすっと多分、スランドゥイルとかは中つ国に生まれて中つ国に残り続けるというのがやっぱりスジな気がしてならない…)フィナルフィン家の最大特徴といったら、フィナルフィン家と称するのに当の本人、フィナルフィンが不在ってところだと思うんですよ。まぁそこでフィナルフィンが「アマン」を取っちゃったからフィンゴルフィン家はよりいっそうお貴族さまの英雄道を突っ走る羽目になった感じもありますけど。フィナルフィン家は「ひとつところから全体を見る」傍観者的役割が基本なんだと思うんですよね。傍観者が手を出すと死ぬんですよ。だからフィンロドは王冠を投げ捨てたところで、オロドレスはトゥーリンの進言を容れたことで、死にフラグ立ったんだと思うですよ?(何が言いたいんですか)
かなりどうしようもないけど共感はできるかもしれなくて「ああぅう」って感じで見ちゃうのがフェアノール家。輝かしい英雄道を突っ走るのがフィンゴルフィン家。傍観者の立場を崩すと大変なことになるのがフィナルフィン家。んな感じ
フィンゴルフィン系列のしっぽのところになる、エアレンディルが王道の輝かしい英雄の道をとったなら、マイグリンは挫折した英雄として生贄となり、エレイニオンは悲劇の英雄道をとっちゃうわけですね。そしてエルロンドは関わっても死なない傍観者の道を歩むと。
ところで昨日から英雄英雄言ってますけどねぇ…。私にとって究極の英雄、英雄道とはかくあるべし、なのはアン○ンマンなんですよ。ていうかヤツのマーチね。歌詞がすごいですからね。英雄とはかくあるべしなのですよあのマーチ。大好きですともよく歌いますとも。たまに泣きたくなりますとも。特にあそこですよ「時ははやく過ぎる 光る星は消える だから君はいくんだほほえんで」時ははやく過ぎて光る星も消えるからヤツは微笑んでいかにゃあならんのですよ!?英雄ってやつは、どうしてそうまで孤高に孤独なんだよぉおおおう…。
昨日は何かノリにノっていましたが、今日も今日とて昨日の続きといいますか、じゃあお貴族さまなフィンゴルフィン家の伝説はどこまで続いたんだろうなぁっと思ってこまめに考えてみたら、マイグリンがすごい可哀想だなぁっていうか、マイグリンの役割的には父方に引きずられてるというか、英雄が英雄たるための生贄というか、そこの立場になってしまったんだなぁとか、そもそも血筋と地位身分的にはもちろん正しくあの家系らしく英雄になることも出来たはずなのに、影に覆われた人生だよなぁとしみじみ思ってしまいました。まぁでも挫折した英雄なんて格好の生贄ですよね…。
輝ける英雄の系譜はフィンゴルフィン→トゥアゴン→(イドリル&トゥオル)→エアレンディルと繋がっているのだと思うのですよ。これ敢えて言うなら騎士→賢者→勇者って感じですよね(そんな無理やりな)。フィンゴンは別枠で、ですが王権というところでは結局エレイニオンにいくあたり、魔が指したような一時期の設定であってもエレイニオンがフィンゴンの息子である設定はぜひとも捨てたくない、推奨したいなぁとか思うわけです。
そして更に、人間は英雄たるのがあの世界の基本なわけです。ですからそこが混ざったわけで、もう何?英雄×英雄?そこの道まっしぐらするしか道がないですよ。だからか何か、教授の一番思い入れの強い英雄ってエアレンディルなわけで、ていうか冠詞に英雄ってつけても全く違和感ないあたり何か不思議な強迫観念(何それ)を感じるような気がいたします。でもさ、シルマリルリオンだけじっくり読んでもよくわからないよねエアレンディルって。むしろHoMEか、やっぱりそうなのか…。
ノルドから話は逸れますが、だって、ちゃんとベレンとルシアンのくだり読んで、英雄はダレだ?って聞いたらほぼ間違いなく皆答えるでしょう?「ルシアン!」って(笑)。でも後世的にはちゃんとベレンは英雄であるんですよ、なんなんですかこの人間は英雄である概念。そんなんがあるとしか思えないですよ。トゥオルはトゥオルでウルトラCなお方のようだし…。ちくしょーそのへんは何でもアリか!?アリなのか!?オプション付いてない上に庶民なフェアノール家をどうしてくれる!(笑)
フィナルフィン家が目立たない(?)のは、フィンロドは別枠として、あの家の存在意義はガラドリエルが残り続けて、そして去るという一連の流れを背負う(見るひとである)ことにある気がしますよ。なんか色々、色々なイメージのあるガラドリエルですが、あのひとの真価を云々考えてみますと、そもそもの始まり、宝玉戦争から指輪戦争までを全部その目で見て、そして去ることを決めることにあるわけじゃないですか。宝玉戦争の結果の血筋の体現者として伝承と見ることを背負っているのがエルロンドとしたら(ついでにあの子は半エルフだ)、上のエルフ(アマンから来た)として始まりから終わりまでを見届けて、去っていくという選択をするのがガラドリエルでしょう。(……そーすっと多分、スランドゥイルとかは中つ国に生まれて中つ国に残り続けるというのがやっぱりスジな気がしてならない…)フィナルフィン家の最大特徴といったら、フィナルフィン家と称するのに当の本人、フィナルフィンが不在ってところだと思うんですよ。まぁそこでフィナルフィンが「アマン」を取っちゃったからフィンゴルフィン家はよりいっそうお貴族さまの英雄道を突っ走る羽目になった感じもありますけど。フィナルフィン家は「ひとつところから全体を見る」傍観者的役割が基本なんだと思うんですよね。傍観者が手を出すと死ぬんですよ。だからフィンロドは王冠を投げ捨てたところで、オロドレスはトゥーリンの進言を容れたことで、死にフラグ立ったんだと思うですよ?(何が言いたいんですか)
かなりどうしようもないけど共感はできるかもしれなくて「ああぅう」って感じで見ちゃうのがフェアノール家。輝かしい英雄道を突っ走るのがフィンゴルフィン家。傍観者の立場を崩すと大変なことになるのがフィナルフィン家。んな感じ
フィンゴルフィン系列のしっぽのところになる、エアレンディルが王道の輝かしい英雄の道をとったなら、マイグリンは挫折した英雄として生贄となり、エレイニオンは悲劇の英雄道をとっちゃうわけですね。そしてエルロンドは関わっても死なない傍観者の道を歩むと。
ところで昨日から英雄英雄言ってますけどねぇ…。私にとって究極の英雄、英雄道とはかくあるべし、なのはアン○ンマンなんですよ。ていうかヤツのマーチね。歌詞がすごいですからね。英雄とはかくあるべしなのですよあのマーチ。大好きですともよく歌いますとも。たまに泣きたくなりますとも。特にあそこですよ「時ははやく過ぎる 光る星は消える だから君はいくんだほほえんで」時ははやく過ぎて光る星も消えるからヤツは微笑んでいかにゃあならんのですよ!?英雄ってやつは、どうしてそうまで孤高に孤独なんだよぉおおおう…。
