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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 オバケな気分。昨日の名前語りはあの勢いはもう二度と再現できないものとして、語り用メモなるものを本日会社でかりかり書いてみました(お前仕事はどうした)(ちゃんとやってますよ?)。

 父名:生まれた時、父親が付ける名。正式名。家系の流れを表す名で、親の名前そのまんまな時がある。ヒネり入る時もある。フィンウェさんは、多少ヒネるものの基本的には直球。長男なんか直球そのもの。その長男の父名のつけ方はある種間違ったこだわりの現れなので何とも言い難い。

 母名:生まれた時の母親の予見、もしくは育ってから付ける名。正式名。個人の特徴を表す名で、おおむね、直球極まりない命名になる。つーか呼ぶのかよそんな名前な意味になることもしばしば。

 どちらにせよ正式名、ということは、戸籍などあったか確実にフルで載ってる。だからどっちで呼んでも間違いではない。好みの問題?どっちで呼ぶと無礼とかはないと思うけどな。制度・慣習的には。

 家系の流れと個人の特徴って意味で、父名は姓的だし、母名は個人名的だと思う。

 別名:エペッセ。呼び名。通称。あだ名、愛称、称号の要素?
 おおむね周囲から呼ばれるようになった名であって、正式名ではない。通りが良くなればなるほど正式名に近づくと思うけど。あ、自称もアリか。アンナタールとか、自称じゃなかったっけか。

 添え名:古代ローマ人のアレではなく(「添え名」という説明されてるの古代ローマ人の名前くらいしか思いつかないんだが。ありゃどっちかっていうと↑の別名とか、旧姓的なものだったはず)、神話・伝説系統に出てくる要素。連想的修辞法とでも言えばいいのかしらー。「黄金の髪の」イゾルデ、とか「白い手の」イゾルデ、とか「獅子心王」リチャード、とかそういうやつです。北欧神話なんか添え名と別名の区別が曖昧でごちゃっと大量にあります。私の愛するカレワラなんかは基本添え名つきです。「不滅の賢者」ヴァイナモイネン、「永遠の匠」イルマリネン、「元気なる」レンミンカイネン(もしくは「端麗なる」カウコミエリ)…いやあ、もう、読んでて「くどいわー!」と叫びたくなるほど、いちいち出てくるたびに添え名つき。最早ステキ。連想的修辞法と言いたいのは、添え名を聞いたり添え名を匂わせるだけで、「ああ、あのひとね」と即座に思いつく、というところ。なあシルマリル読者たち?「勇敢」と聞いたらとりあえずフィンゴンだろ?ヴァリアント=フィンゴン。それが添え名効果(笑)。

 で、エルフってーのはどうも姓がない。姓がなくってどうするかと言うと、出身地とか今住んでるところとか、先祖の名前出して区別する。まあそれは基本ですよね。あと、ゴンドリンに見える家門と宗主たちの存在からして、一応教授の中には「家名」って概念が存在していたものと思われる。そう考えたら舞い上がっちゃって、私またぞろ、ろめ内ローカルルールで家名なぞせっせと作りましたけどね、まあそれはどうでもいいんです。

 それでねー、ちょっと色々と考えちゃいましたよ。

 指輪物語…読んでても…姓の存在は…非常にあいまいなんだが…。第3紀に至ってなお不思議感ただよう教授の命名法。ホビットは姓がばっちりある。ていうか普通の英国式名前の形。ファーストネーム・ファミリーネーム。

 古代ローマ人の添え名は添え名っていうか別名とか役職とか旧姓であるわけですけれど、世界を見渡せば名前の仕組みなんてものはもうちょー様々ありますな。ドイツみたいに「今までに存在した名前でなければ」受理してくれないのとか。日本みたいになんでもどんとこい!な感じでバリエーション豊かすぎるのとか。昨日ぼそっと言いましたけど歴史的中国で見れば姓名字、厳密に言えば氏姓名字、モンゴルでは個人名・○○の子、で親の名前の部分が姓扱い。そういう例でいけばロシア系なら個人名・○○の子・姓とみっつ続いたりなんかしちゃったりして(しかも男性形女性形区別される)、そんなこと言ったら私が高校時代をささげたので何となく詳しい感じのアラビア系なんてもう笑っちゃうくらいですよ。あそこでは個人名、「○○の父」という卑属系名、「○○の子」という尊属系名、出身地由来名(出身だけでなく氏族や宗派の場合あり)、あだ名とか愛称の部分、とかいう感じにいっぱいです。

 指輪のな。人間たちもな。姓、ないでしょ。いや、バタバー親父は例外な。シャイアに近い方でなく、ゴンドールとかローハンの方な。あいつら姓ないねん。なんでやねん。あとさ、アラゴルンもやたらと別名の多いひとですが、あれはたぶん教授の「伝説」的感覚からくるものだと思うのですわ。

 名前の意義…「たくさんあること」について。
 ①区別
 区別のため。同姓同名の区別の必要性を感じたがゆえに何で区別って、そりゃ共通しない事項で区別するべきで。名前のバリエーションが少ないところでは有効な手段ですよ。組み合わせで判断。ミドルネームってものがありますでしょ。ありゃ由来はたぶん洗礼名だが、洗礼名つけるのだって、そもそもは区別の必要性があったからだと思うです。

 ②物語性
 物語の登場人物、とりわけ神話や伝説のひとは名前が多い。なんでか。
 名前が多い方が活躍している=有名人。そういう図式なのです。実はこれ。どこかに行って何かする。話に残る。あのひとなんていうひとだっけ。名乗ったにせよ名乗らないにせよ、伝聞で広まるには特徴をとらえた命名がされるもの。というわけで、エピソードが多ければ多いほど、呼び名というものは増えていくものなのです。そうなのです。

 こんな感じのメモ。昨日どこまで書いてふっ飛ばしたかは忘れましたが、だいたいこんな感じの内容を、7割テンション増しで書いてました。今の方がよっぽど読みやすい文になってますよ。もうそれでいいことにしようっと。

4月9日(木) イドリル
 きょうは、とってもあったかかったのね。おへやのらんにもちょうどよかったみたいなの。きょうもきれいにさいてるわ。
 おみずをやるのに、きりふきで、しゅっしゅってかけてあげるの。
 わたしがおしごとでいないときは、おとうさまがしゅっしゅってやってくれてるのよ。わたし、しってるんだから。おとうさま、けっこうきをつかってせわしてるのよ!けっこうおきにいりなの。
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悠樹が由来したの
悠樹が由来したの?
BlogPetのフィンウェ URL 2009/04/11(Sat)15:33:21 Edit


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