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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 ↑卒論・卒制の仕様の例として挙げられている表書きの、創作のタイトル。…どんな話だっつの。

 本日もイロイロありましたが、イロイロありすぎて何が何やら…。考えたことと言えば、私ったらどうしてそんなに補佐好き、とかそういうことでした。

 今日の百人一首。

 かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじなもゆる思ひを
 (こんなに君を思ってるけど、言えない…から、さ…。どーっしても言えないから伊吹山のもぐさじゃないけど熱く深くじりじり燃えてる僕の恋心なんて、知るわけ、ないよね、うん…)

 作者・藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)。こんなごちゃっと掛詞な歌(しかも例えはお灸)詠むくらいならとっとと行って告白してこい、なんつーのは現代人の感覚ですよね。すんません。にしても恋の炎はお灸ですか。どうなの。

 掛詞が多いと、要約もちょいと大変です。めんどいので直訳にしました。私が百人一首を覚えた小学生の頃は意味なんぞよく分かっていませんでしたが、この歌の下の句は結構好きだった記憶がございます。さしもしらじなもゆるおもいを~。声に出してみてください。面白いから。

 実方はハンサムなモテ男だったようですが、死に方は乗ってた馬の下敷きになって…あ、あれ?セオデン!?(笑)その死に方もなかなか強烈ですが、幽霊になって出てきたとか、スズメに生まれ変わって宮中の台所にて米を食い荒らしたとかいう伝説も残ってたりします。そんなモテ男はイヤだ。
 すごい ひさびさに 創作について がっつり 喋った 気が します

 は~~っ!物凄い充足感。やっぱアレだトールキンジャンルはむしろ二次創作というよりも、いや二次なんだが多分に歴史モノっていうかやっぱ歴史なので、二次創作するひとの意識もどちらかというと古典パロとか歴史創作系な感覚であって、つぅか私がそうで、原作なんだけど原作ってより歴史書紐解いてる気分で、ってのはかなり一次創作的な気持ちで書いてて、しかも一応っていうか私はもともとどっぷり一次創作畑な人間なわけで、そういう創作系の友人とがっつり「創作とは!」とか話すとすごい…なんか、くる。

 大学の友人はやっぱりイロイロで、同じ熱量で似たベクトルっていうのはあんまりいない。あ、いや、同じベクトルも勿論いないんだけど(言い切ったな;)、まぁ近すぎてもアレですし。

 あ~~、おしゃべりって、やっぱいいな~。

 そういや今日人生初の「道端で道を聞かれて道案内」をしたんですけど、バイト直後だったので物凄いバイトモードで対応。しかも行き先が、他のどこかでなくてピンポイントで過去にお茶会で行ったことのあるホテル。……そら案内できますわな!

 今日の百人一首。

 みかきもり衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつ物をこそ思へ
 (君に会える夜ともなれば恋の炎はひたすらに燃えあがる!昼の間は身も消え入ってしまうほど思い悩んでいるけれど)

 作者・大中臣能宣朝臣(おおなかとみよしのぶあそん)。ちょ、待ってください、私この百人一首語り、一応ネタ本なるものを持ってるんですけど(細かいエピソードなどのっている)…この能宣さんの父が超教育パパで「能宣のよんだ歌が少しでも気に入らないと、枕を投げつけて怒りました」…………平安時代の枕ってハコマクラじゃないですか!痛いですよ父ちゃん!!あー、びっくりした。

 えー、歌の補足。みかきもりってのは御垣守と書きます。宮中の門を警護する役人のこと。その役人たちは夜になるとかがり火をたいて、門を守ってるわけですけど、このかがり火、ちょっと明け方っぽくなったら即消されちゃいます。燃えてる時間は、夜の間とはいえ結構短い。で、昼は消えっぱなし。それを恋の炎に例えたら?こーいう歌になったわけです。火が消えちゃってる昼は私も死んでるよ。あらこれも「はやくあいたいよー!」な歌だわね。
 私がもし書いてる奴らの中で最もフェアノールに似ているとしたら、そりゃオチがファザコンだってことだ、と思った夜。私の就活、結局まだ続きます。……いいの負けない。

 今日は覚えることがたっくさんで、頭くるくるになってきたので指差し確認していたら真剣さが非常にツボられたらしく、笑われました。くうっ。だってあんまり器用な方じゃないし。指差し確認してミスが減るならそれにこしたこた~ないじゃないですか。ただ、シュミレーションしてると目がくーるくる動いているらしく、大きい方なので目立つらしく、それもまた笑えることらしく。…くぅっ。明日もがんばります。

 卒論、今から方向転換しても間に合うかしら?間に合うよな。でなきゃまだ書き出してないとか言えないし。どうせズレるならキャラクター論?結局創作論までもつれこむよなぁ…。資料にかからなくては話になりませんけれども。んむ。

 流されやすいタイプではあるんですが、延々と最後まで引きずって後悔してることは何ひとつない。ってことは案外頑固にいろいろ決めてるってことだよね、うん…。

 にしても寒いです。風邪悪化しそう。いやん。

 今日の百人一首。

 契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり
 (約束したとの言葉を恵みの露として、命のように大切にしてきたのに、…ああ、今年の秋もむなしく過ぎていくのですね)

 作者・藤原基俊(ふじわらのもととし)。この歌実は「コネ利かなかった!(汗)」「ひどいじゃないですかっ!」という歌なんですが(爆)、そこらへんをうま~くスルーすれば「あなたの約束は露のように儚いものだったんですね、フンだ」といういかにもすっぽかされた女性が男性に恨みつらみを言うかのような素敵な恋歌に読めなくもないですよね。和歌ってフシギー。

 本当は、作者基俊さんは歌人・学者として有名でしたが、自分の才能を鼻にかけていたために相当な嫌われっぷりで(笑)、息子の推薦をコネで頼みに行ったもののダメでして、自分の兄弟がどんどん出世していくのに自分は取り残され…などと、踏んだり蹴ったりなことばかり。高慢はアカンのですね。そらそうか。
 20年ともう1年と7ヶ月生きてきてやっとこさ自分の生活リズムがわかる~。出かける日には家を出る時間の90分前に起きる~。んでもっておの90分のうち60分はタケハヤに向かってる~。………つまり支度&ご飯は30分。もっと時間かけなさいよ。

 拍手用に今現在進行中で書いてる奴らはちょうど幸福論がテーマなわけなんですけど、結局私の書くものは物凄くやおい的(○○はいかにして◇◇が好きになったか)であるがゆえに、幸せなんぞ定義しようと思ったら「全世界の中から他でもないあなただけを揺ぎ無く未来永劫愛している」お互いがいさえすれば何をやっていようがどんな状況であろうがまぁ幸せに入ってしまうだろう、という結論に達さざるを得ない。くっそぅ。

 幸せ。幸い。幸福。みーんな何か微妙にニュアンス違う気がするのだがね。幸福論は降服論としたっていいと思うのだが、それってやっぱ基本的なところにあるフィンウェさんとフェアノールがそんな関係だからなんだろうか。あのふたりはどう頑張っても私の中で親子関係が崩れないんだ。親子関係っつーか、血縁内での年長者と若者の関係というか。年の差は基本で、年の差が万が一なかったとしても力の差は歴然っていうか。うー。

 とある筋から王道バトン、えーとジャンル指定でカプ自由で攻め受け答えるやつ…な、のかな? ジャンル指定ってことは力いっぱいパラレルしろってことなんですけど、これまった難しいんだよ…。せめてジャンル指定なければもちっとマシだったろうに(つまりは現代モノBL読む時の好み答えればいいんだろ?)、パラレル…。私トールキンでパラレルは、読むのは好きだけど考えるのは苦手ってパターンなんですけども。

 ぐるぐる。明日には拍手書きあがってるといいなぁ。ってかキャラ語り進めたいなぁ。ケレゴルム~!お願い降りてきて~~!!(そこで引っかかってんの?)(いやどこでも引っかかりますけど)あー、もしくはメルリンダレ?論文書こうとあがくと大分文体がそっち寄りになるからちょうど良いっちゃちょうど良い…。

 今日の百人一首。

 あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜を独りかも寝む
 (こ―――んなに長い夜をひとり寂しく寝ろってぇ?)

 作者・柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)。ごめん人麻呂!格調高いと評判の君にあるまじきトンデモ訳をしてしまったよ!(爆) …でもさ、上の句は「ながーーーい」ってことしか言ってないし、下の句だって「独りで寝るのか…はぁ…」しか言ってないじゃん?(おい)だからさ。

 「あしびきの」は「山」の枕詞。山鳥(キジに似てるキジ科の鳥)の尾っぽが長~く垂れ下がってるみたいに長くって長~い秋の夜長、と長いんだってばさ!と強調しております。で、その夜をどうするかっていうと、愛しい君にも会えなくってひとりで寝るのかよ、ちくしょう。そういう感じ。この歌、旅先で妻を思って詠んだ歌、とされています。いつの世も独り寝はさびしくってつらいやね。一昨昨日もひとり寝の歌でしたが、あちらに対してこちらは一応「ほんとだったらふたり寝のはずなのに!」という意気込み(?)が感じられます(笑)。
 1回記憶消去して頭からシルマリルを読み直してみたい。…できないけど。……どーして、どーしてフィンウェさんを基本形ふわふわのまま放っておけなかったのかしら、私。一応かろうじてふわふわしたとこ残ってるけど、残ってるけどあまりにもウチのあのひとは酷すぎる…!

 放っておけなかったわけなんて分かってるんだ(泣)だって私の中じゃあ印象薄いってことはまるでないひとだったんだもん。あの子孫の濃さからして原点なひとがそんなふわふわしたまんまでは、どーしてもいてくれなかったんだもん。まっしろです、と押し通すにはあまりに強情で酷いひとだと感じてしまったんだもん…っ。や、まっしろはまっしろだ、今でも。

 第一印象がいけない。謎、だもん。ここで「弱い」とか「脆い」とか「やさしい」とかいう第一印象なら良かったのに、良かったのにちっくしょうよりによって「謎」かよ!? で、いざ考え出してみたら、
 1、「やったこと」がすごい 
 2、「やったであろうこと」がすごい 
 3、「血を引く子孫」がかなりすごい 
 4、愛されている(最近本文読んでてちょっと驚くくらいだ)
 で、相変わらず印象は「謎」。は、もう、どうしろと。

 やったこととやったであろうことがかなりイロイロな上にすごかった時点で、私の思考回路的には無能タイプではあり得ないのです。そして有能である以上、基本をどう穏やかにしても、私の思考回路的に、聖人のままではいられないのです。淀み付けたくなるのです。わかってるんです。…わかってるんです。

 そしてその妄想がどんどん発展していってこんなに好きになった、きっかけはもう定かではありません。それは例えば、きっと気絶するように眠るとか、生きてる感じがしない普段とか、はたまた泣き喚いて怒る姿とか、手を空に伸べて笑うとか、そういったイメージがふとやってきた時に始まった気持ちかもしれず。ああ、物憂い。

 今日の百人一首。

 ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは
 (不思議が数多くあった神代の昔にも、こんな不思議なことがあったとは聞かないものよ。もみじが散って、竜田川の水がしぼり染めで染めたように真っ赤に燃えている!火のように!)

 作者・在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)。昨日紹介した陽成院ともかかわりが、あるような、ないような(笑)。で、噂の駆け落ち相手(失敗してますけど)の高子さんのお屋敷にて詠んだ歌がこの歌です。なんと、現実の景色ではなくて、屏風に描かれた絵を見て詠んだんですね~。わざわざ高子さんのお屋敷の屏風を見て、そして詠んだ歌、というのが百人一首に採られているあたり何とも奇妙な感じがします。ぶっちゃけた話、私、この歌あんまり名歌だとは思いません。伊勢物語からだって、もっと良い歌ありそうなもんですけど…。

 業平と言えば色好みの美男子として有名。このひと、また技巧を凝らした歌なんぞをアレコレ詠んでくださいます。中学で伊勢物語やったらおそらく必ずやるであろう「東下り」中の「かきつばた」の歌。ありゃ折句と縁語と掛詞と…と和歌技法オンパレードで、教える側になってみてつくづくと「なんつー教材にしやすい歌詠んでくれやがったんだ業平め」とか思いました(笑)。


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