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ろめ日々の雑記=すなわちその日どんなネタを考えていたか、と化している妄想屋の日々の戯言



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 谷山さんの新アルバムがまた麻薬のような感じで。

 3男尽くし、まいりまーすと書いてみたけどアングロドが追っつかないよアングロドぉおお…!アングロド一番の常識人だよ、っていうかノルド王家唯一の常識人な気がしてならない、どいつもこいつも変人すぎる。あ、凡人とかいうイリメちゃんとかいますけれども。が、しかし、常識人ではあるがろめ的に言うとアングロドは和歌詠むエルダール筆頭っつぅか詠むんじゃなくて残す方だ、テングワール古語表記法を開発する男だ。非凡ではあるのだな!?…ううん3男尽くし、世界征服を目論むのと英雄目指すのが来て、常識人で落とすのかー。…さすが(何が)。

 ………なんかテンションおかしいのは重々承知なんです。お願いつっこまないで。われながら久々に珍しく(言いすぎ)怒涛、一歩手前の更新頻度だとは思いますけど、いやぁ、更新する分にはいいよねー?整理したり加筆する方はさっぱり進んでない上に本業も1ミリも書いてませんが!ははっ!

 キャラ被りはできるだけなくすべく考えているわけですけれど、そうやってバラエティに富めば富むほど私の中の「フィンウェさんあのやろうマジわけわかんねぇ」度が増していきます。いかんいかん。…だってそんなバラエティ、どこで繋がるかって、あああフィンウェさーん!(絶叫)(あんた本当テンションおかしいから!)

 今日の百人一首。

 滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
 (滝の水音は聞こえなくなって長い長い長い時が過ぎたが、素晴らしい滝だったという名声だけはとうとうと流れ、こんな先の私の耳にも、世間の耳にも入るものだ)

 作者・大納言公任(だいなごんきんとう)。藤原公任です。今日の歌、たたななな。小学生で、この歌初めて習った時、57577で切った時の頭がたたなななで、私には非常~に覚えやすい歌でした。だって57577の頭の文字が出てくれば下も出るんだもん…。で、頭文字揃ってるからか、すごーく声に出して言うと流れます。むしろ頭文字だけ強調っていいますか。だからたたななな。

 歌意は読んでそのまんま。200年前にはすっばらしい滝だったって評判の滝が今やすっかり枯れ滝なんですが、すっばらしい滝だったってのは伝わってるわけで。そのまーんま詠んだんです。

 公任がまた強烈なひとです。関白の息子、漢詩も和歌も書道も学問もどんと来いの超エリート、天才、そしてプライドがめえっちゃめちゃに高い。ある時、ライバルが自分より高い位についたんですね。公任怒りました。怒りまくって、なんと7ヶ月もサボった挙句(出仕なんかするもんか、フン!)「もうやめる!」とか言い出しました。そんならクビ切っておしまい、ってなもんですが、なんと宮中では「そんなことでやめられちゃ困る!」と言ってすっごい高い位をあげました。公任機嫌を直しました。……おーいー(がっくり)。ちょーワガママでも有能ならいいってか。

 …………………本来、芸術家はそういうもんでいいと思いますけどね。裏を返せば人間性が素晴らしいひとは素晴らしい芸術家にはなりにくい。フェアノールが強烈なわけだ(そこ!?)。
 実は世界征服をもくろむ方々の単純にごくごく普通の「世界を我が物に!」の感覚がわからない。さっぱりわからない。理解はできるかもしれないが感覚的に「なんでー?」って思う。なんでそんなもん欲しがるのか分からない、っていうか手に入れたら何か嬉しいのかぶっちゃけ妄想で乗り切れないもんなのか、それは支配欲の変形っていうか変形するまでもなく直球の支配欲なのか。

 ケレゴルムのキャラ語りを半分くらい書いたところでああこの子って世界征服考えたことある男の子だなぁと思いました。なんとなく掴めないわけだ。てわけで近日中にキャラ語り書けるかなーと思います。次3男横並べなのよね。アルゴンが問題なのよね。いやだがしかしイリメを捏造できた私にアルゴンができないわけもなく。がんばります。

 でも本当に、世界なんか手に入れて何が楽しいんだろう?お手入れしなきゃすぐ滅びますよ?万人を跪かせたら楽しいのかなぁ。快感なのかなぁ。あいにく超凡人なのでそんなことには気持ちよさを感じたりしません。ねえどーなのメルコール?欲しいってどういう感覚だろうとか考えるひとには向いてないよね世界征服。「わがもの」にしたいという感覚だよね。アルダしかりシルマリルしかり、指輪しかり。そして「英雄」は多分「わがもの」にしたひとというのが定説だったと思うんだ。…今でも、その考えは大前提としてあって、だから違うのが馴染んだりするんだ。

 全く話は関係ありませんが、チャットしたいです。やるぞー!って言ってうにゃうにゃ待ってたらどなたかいらっしゃいますかねぇ。チャットルームは、実はというか、持ってます。繋ぎゃいいだけだ。つーかフィンマエ100質なんかはチャットで答えてます(爆)。だって楽なんだカギカッコの前に名前書かなくていいから!3窓使いになるけど!(ちなみにコンビ20質はコピペのお世話になりました。面倒だった(笑))

 今日の百人一首。

 住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ
 (寄せては返す波は昼も夜もやって来る、のに昼は勿論、夢の中でさえあなたは人目を避けて私に逢おうとはしない…!なぜ?なぜ?なぜ?)

 作者・藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)。エリート、三十六歌仙、書の達人。何やっても一流の男、…しかし恋だけはままならなかったのでした。なーんて語ってあげたくなるような「つれないひと!」っていう歌です。今日の。逢瀬も長らくないし、夢にすら出てきてくれない冷たいあのひと、私が嫌いなの?人目が気になるの?と詠みかけています。

 万葉~平安の頃の人の「夢」の概念っていうのは、「夢に出てきたひとが私のことを考えている」っていうものです。だから、フェアノールがフィンウェさんの夢を見たら、起きて「父上が呼んでらっしゃる…!」とか思ってオッケー(笑)。これが晴れて恋人になった後とかですと、夢を見たなら「愛されてるv」とか思うし、見なかったら「嫌われちゃったかな…;」とか思う。相手の思いが自分の夢に届くと思ってました。逆に、こっちがこんなに思ってるからには今頃あのひとの夢には毎晩私が出演してるはず!とかいうことも言えます。

 夢の中でさえ逢えない恋人。こっちの思いがそのまま自分の夢になるのなら、ロマンもへったくれもありませんがきっと逢えるでしょうね。そうでないからこの歌はちょっぴり切なめでいいのかもしれません。

 ちなみに敏行さんは27歳でお亡くなりになりまして(早死!)、しかし死んだと思ったら突然生き返ってさらさらさら~とお経を書きあげ、また死んだとかいうエピソードがあったりします。どんな心残りなんだか…。
 『蜘蛛女のキス』を観て来ました。たびたび上演してる噂ばかりは聞くものの、初めて観ました。……!!こんな話だったのかっ!?なんとも、非常に、原作読みたくなったっていうか…や、読めばいいんですけど。うん。……愛ってなんだろう…。というかもういつものテーマになってきてる気もするんですけど、命を賭けてまで「したくなる」瞬間っていうのかなぁ。そんなものがすごく、言い表しにくいけど、伝わってくる、そんな舞台でした。う~む。でも2度はいい。1度でおなかいっぱい。だって、「うぉおおぉぉっ!?」って舞台なんだもん…。

 アホな感想の方に参りませば、相変わらずコムちゃん(※朝海ひかる嬢)は人のかたちをした人ならざるもの得意だなぁっていうか、幻であり蜘蛛女であるあの感じ、しかしゴージャスな所はがっつり決めてきたりして、うーん、眼福(笑)。で、この舞台ついでに朝澄けい嬢も出てるんですよ。朝澄嬢は、いまや嬢ですが、氏であらせられた時は二人称「君」が最高似合う爽やか美青年でございましたが、えーと、なんですか、主役の片割れの恋人なんですけど、綺麗なんですけど、素敵なんですけど、劇中劇で顔を隠してたったヒトコトの男役台詞の方が大インパクトってどういうこと。いえ不満とかじゃないんです、ただ、ヒトコトで分かった上にすげーかっこいいってどういう!?という。ちなみに朝澄氏は私の中でオロドレスです。一生変わんねぇ。

 話、というかその世界観や舞台設定が必要とするキャラクター、について考えようと(結構真面目、っつか卒論だよねぇ?)したんですがうっかり例をあの某名前のない料理人氏にしてしまったので大いにずれて結局フィンウェさんについて考えてしまいました。ていうかアマンのエルダール、オトナって、ごはん1日1食でも多い方かもしれない、とか。でもでも睡眠時間を短くするなら、逆にごはんの時間はあっていいかなぁ、とか。料理人氏をタラしてきてからもうさぞやフィンウェさんとミーリエルの食事事情は素晴らしい改善ぶり(規則性と質量ともに)であったに違いないんですが、そもそもあの仕事人間ふたり、よくもまぁ生きてるものよとちょっと感心しました、が、よく考えればあの当時フィンウェさんが使わなければいけないのは1に頭2に頭、34飛ばして5も頭、ていう感じで、間違っても文字がないのだから「手で考える」なんぞというワザは使えないわけで、としたら考え事しながらぎゅっぎゅっと料理しててもいいのかな、とか思いました。まぁ極端な話、アレ?1週間分のレンバス週の始めに作りますー、とかいうすごいさみしい食料事情?(笑)(ていうかレンバスって作れるのか)(なんか条件なかったっけ)ちみっこいフェアノールにちゃんと付き合ってたらすごい健康的な食生活が送れるのは間違いないんですが、やっぱそうですよ料理人氏をタラす前ですよ問題は。むしろ結婚前も危ないよね。どっちかっていうとふわーとしてない時はヴァンヤが一番食にうるさいと思うので、ヴァンヤが一緒にいた時はもう散々イングウェがガミガミ言ってたかもしれませんね。休め、食え、そして寝ろ!と。

 今日の百人一首。

 鵲(かささぎ)の渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける
 (あの伝説の橋を思わせるようなこの宮中の階段にましろの霜がおりて、どうだ、白く冴えた色を見るに、夜もかなり更けたと思えるのだよ)

 作者・中納言家持(ちゅうなごんやかもち)。大伴家持です。…来やがった家持ー!『謳詠みの恋人』で私が引っ張りまくった家持です。だって直球で恋の歌でいいのがたくさんあったんだもん…!で、今日の歌は情景歌で、しかも実は家持の歌じゃないとかささやかれるんですけど(爆)。まぁ、綺麗な情景ですよね。これ、下敷きになってる伝説、「あの伝説」とは七夕伝説のことです。中国の伝説で、おりひめとひこぼしのデートはかささぎが留まって橋を作ってくれて、それをおりひめが渡っていく、というものがあるんですね。それをふまえて、宮中を天上になぞらえて、霜の白さを詠む、と…。霜ひとつ詠むのにこんだけ手間隙かけるなんて…。すごいわ。古代人(平安まで「古代」のくくりです(笑))。

 つづきで拍手レスです♪
 落ち着け私、ちょっと冷静になりなさい。なんていうかもう頭悪いっつーかダメダメです。もーダメダメ。超ダメ。やだ、こんなの。血迷いすぎ。どーすんの本当にもうー!などと叫びたくなるほどあれこれ凄いことがイロイロ起きたりして、げんなりぐったりです。

 で、カラオケにて盤君がとあるカプ曲なの♪と歌ってくれた『晴れてハレルヤ』に物凄く納得しつつ、この直球ぶりと明るさはフィンゴンだよなぁ、と思って二重妄想でにまにましたりしました。私はも少しレパートリー増やすならアップテンポ&地声気味な方向で探した方が良いと思う。低音域はどこに消えた。

 今日の百人一首。

 み吉野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
 (山から吹き降ろす秋風に夜も更けて、古い都は寒き音を纏っています。砧で衣を打つ音はなんと凍えるような音でしょうか)

 作者・参議雅経(さんぎまさつね)。藤原雅経さんです。新古今集選者のひとり。この歌下の句がなんか好きです。ちなみにふるさとは故郷ではなく古く都のあった土地を指してます。どきっぱりと言ってますが、吉野です。この歌、最も解説がいるのは「衣うつなり」ですよね。衣打つとは木や石の上で布を槌で打って、やわらかくしたりつやを出したり、あれこれする作業のこと。主に晩秋の夜に女性がする仕事でした。砧ってのは衣打つ道具ですね。そんな音が聞こえてくる夜更け、雅経は吉野の里を眺めてこの歌を詠みました。かつて栄えた都は今やひっそりと秋風に包まれて、砧の音をしみじみ響かせるのです。

 つづきで拍手レスです♪
 ……今じゃもう古い表現のような、しかし非常に今でも良くわかる表現なのは何故だ。100の質問の前半と後半の間に1年とひとつきもの時の流れが挟まってるって、どういったトンチキ野郎の所業でしょうか。私です。わかってます。すいません。っつーかキャラ変わりしてないか軽く不安です。

 昨晩、日記サボってまで早く寝たのにも関わらず、深夜に蚊の襲撃を受け魘され(爆)、結局朝一度起きたのに珍しく二度寝し、遅刻するかと思いました。チクショー蚊め!滅びてしまえ!時折Gのつくあいつより憎くなります。今そこにある憎しみ。ぎりぎりぎり。

 そして魘されまくった挙句に起きたら、熱がありました。私平熱低いわ冷え性だわで、冬に近づくとそりゃもう笑えるくらい血のめぐりの悪い子になってるんですけど、…これが指先までほかほか。良いんだけど良くないっていうか…。軽くふらふらしながら今日を過ごしたのであります。

 で、考えてたんですけど、アマンにおけるエルダールの「病」概念って熱があるか熱がないかの二種類しかないのかもな、とか思ったり。熱があるのは分かりやすく病っぽいですよね。平生とは明らかに違う。熱出ればそりゃくらくらもふらふらもするだろうし。怪我したら大体熱が出ますし。っつーか人の子とは多少理由が違うだけで、クウェンディだって熱出すことくらいあると思うんですよ。耐性はあるでしょうけど。耐性っていうか…まあ、ちょっとやそっと寒くなったくらいじゃ風邪みたいな感じにはならないと。そういう病気はまずなくていいんですよね、クウェンディ…。

 だったらやっぱり怪我由来か、クウェンディ特有心の病、かと(笑)。ぶっちゃけ恋の病は熱が出る方向で(爆)。

 そして熱がない。これはこれですごく問題だと思います。何が言いたいかと言うと、熱のない(低い)身体って何を想像します?私は死体を想像します。ということは、クウェンディ特有悲嘆の病、別離の病はおそらく、熱が出ない方向で病なのではないかと。

 どちらにせよクウェンディの「病」というのは「心の在り様」が原因で起こるもので、それが身体の現象になると「熱」でいいんじゃないかと思ったんです。燃えてりゃちょっとマズいけどまあ元気方向だからいいんじゃない?んで、冷たかったらうぉおおいちょっと待てマズいよその方向!ってな感じ。

 わー、今日も論旨がぐっちゃぐちゃのトンチキ野郎!かんべんしてください。

 今日の百人一首。

 憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
 (冷たいあのひとの心を吹き寄せて欲しいとは祈ったけれど、ああ!はげしく、冷たく、つれなくなぞとは祈らなかったのに!)

 作者・源俊頼朝臣(みなもとのとしよりあそん)。一昨日の俊恵さんの父君です。っていうかコレ、恨み歌です。珍しいな~、男性でこんな「くやしいっ」系の歌(笑)。俊頼さんはある日、奈良の初瀬山にある長谷観音にお参りに行きました。で、観音さまにお願いしたことには「どうかどうかあの全然靡いてくれないあのひとの心が僕にそよそよ~と吹き寄せますように!」が。そう祈った矢先にぴゅーと冷たい風が俊頼さんに吹き付けてくるじゃないですか。ぎゃー。なんだよーもう!観音さまもあのひとも冷たいってことか!?

 で、のちのち「全くあの時はほんと冷たくて酷かったさ」とぶつぶつ詠んだのが本日の歌です。ていうかこんなの百人一首に採ってよかったのか。俊頼さんは5番目の勅撰和歌集「金葉集」を編纂してるひとで、当時ナンバーワンの大歌人、歌合せの審判とかもバカスカやってたようです。…で、ほんとに、こんな恨み歌でいいんだろうか…。

 ちなみに長谷観音は平安時代、女性に人気の寺でした。縁結びっつーか「あのひととうまくいきますように!」とお祈りする所といったら長谷観音!みたいなノリで。…アレですか、俊頼さん、男だったからダメだったんですかねぇ…。


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